妊活中、街がネタバレしてくる。
街で子ども連れを見かけるたびに、目で追ってしまう。そして、思う。
「なんで私にはいないんだろ」
平日の9:00
保育園に向かう母親とベビーカーとすれ違うだけで、心のどこかがギュッとなる。 自分はベビーカーも何も押さずに、ただ職場へ向かうだけの毎日。
休日の17:00
スーパーで楽しそうな子連れ家族を見て、ザワッとする。私の隣には「お腹空いた」という表情の旦那が1人だけ。
SNSを開けば、妊娠報告。街を歩けば、妊婦さん。スーパーに行けば、子ども連れ。
妊活を始めてから、なんだか街に子どもが増えた気がする。
それ、脳がわざとやっているらしい
もちろん、子どもが増えたわけじゃない。私の脳が、子どもを見つけるようになっただけ。 「勝手に探してしまう」——それには、ちゃんと理由がありました。
心理学には「選択的注意」という現象があります。簡単に言うと、「今、自分が意識しているものほど、やたら目につく」という現象のこと。

妊活や不妊治療をしていると、頭のどこかで常に「妊娠」「赤ちゃん」のことを考えている。だから脳が、街中の妊婦さんや赤ちゃんを自然と見つけてきてしまう。 実際に増えているわけではなく「見えやすくなっている」だけ。
なので、こう思うといいらしい。「街が変わったんじゃなくて、脳がわざとやってる」って。
って、そんなことできたら苦労しないわ!
しんどいものは、しんどい
「選択的注意だから仕方ないよ」と唱えても、大丈夫ではないし自分を責めてしまうこともある。
「人の幸せを喜べないなんて、性格が悪い」
「嫉妬している自分が嫌だ」
「もっと前向きにならなきゃ」って。
でも、よく考えてみた。
たった3秒しか見ていない他人の人生を
100ページの物語にしてない?
3秒で決めつけていた、誰かの人生
例えば、スーパーですれ違った子連れの家族。私が見たのは、ほんの数秒。 なのに、 「この人は苦労なく妊娠したんだろうな」 「私と同じくらいの年齢なのに、もう子どもがいる」 「きっと幸せなんだろうな」 なんて、見えていないところまで勝手に想像してしまう。
でも、その人がどんな人生を歩んできたのかなんて、本当は何も知らない。
不妊治療をしていたかもしれない。
流産を経験しているかもしれない。
夫婦で悩んだ時期があったかもしれない。
今だって、何かを抱えているかもしれない。
もちろん、本当に何の苦労もなく妊娠して、今幸せに暮らしている人もいると思う。でも、その場では分からない。私が見たのは、その人の人生のたった3秒だから。
言い換えれば人生の約3億5739万分の1の時間よ。
だから 「あの人は順調」 「私は遅れている」 「私はできない」 そんなふうに、勝手に結論まで出さなくていい。
最後に
正直に言うと、私もいまだに目で追ってしまう。頭で理解することと、心が納得することは、別もの。
だから、湧いてくる感情をなかったことにしなくていい。無理に前向きにならなくていい。
ただ 「これは、心理学のなんちゃらっていうやつだ」 「今、脳がそう仕向けているだけだ」 と、少しでいいから距離を置いてみる。
感情を消すというよりも、感情に飲み込まれないための意識をする。そうすると、心が少し軽くなる。
それでもスッキリしないときはこれ!
SNSに吐いちゃえ!

「私も子ども欲しいんじゃ〜!」ってね。近くのイオンやヤオコー、ライフに仲間はいなくても、SNSには同じ悩みの人がたくさんいるから。
街にいる誰かの3秒間と、自分の人生を比べなくていい。
街がどれだけネタバレしてきても、それは妊活している人の物語の結末ではない。まだ、途中のページなだけ。
