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書く楽しさは深夜ラジオにあった

深夜ラジオと出会わなければ、このnoteアカウントすら作っていない。そう言い切れるくらい、自分の中でラジオの存在は大きい。

高2の時、お笑いが好きになり始めた。お笑いと言っても、その時はまだ漫才しかよく知らなかった。そんな時にYouTubeでたまたまおすすめに流れてきた、うしろシティというコンビのコント。

サムネイルに惹かれて観たこの「監禁」というタイトルのコントに衝撃を受け、他のうしろシティのコントも全て観た。こんなに面白いコントがあるなんて、この人たちは凄すぎる、この人たちをもっと知りたいと思った。でも、テレビの露出は多くなく、コントで役を演じるうしろシティしか知ることができなかった。

どうやらTBSラジオで「うしろシティ 星のギガボディ」という番組があるらしいということを知った。北海道では放送されていないが、うしろシティのお二人がどんな人なのかという興味のみでradikoのプレミアムプランに登録した。

星のギガボディでは、コントじゃない金子さんと阿諏訪さんの声を聴けた。ラジオをじっくり聴くこと自体初めての経験だったが、居心地の良さを感じた。気がつけば毎週タイムフリーで聴いていた。

ふと、「LOST」というコーナーにメールでも送ってみようと思い、送り方を調べた。ラジオネームも適当につけた。このコーナーは、「阿諏訪さんがハマった海外ドラマ『LOST』の主人公のジャック・シェパードが、今、どんな事に警戒しているのかを募集するコーナー」だそうだが、私が聴いていた頃にはもう何でもアリになっていた。

文章の形式も内容も自由と化していたこのコーナーに、見様見真似で何通も応募した。なかなか読まれなかったが、それだけ人気なんだろうと思い、一生に1通でも読まれればそれを大事にしようと考えていた。

ある日、家にこんなものが届いた。

見ての通り、「鴉」と書かれた黒いハチマキだ。星のギガボディのノベルティなのだが、どうしてこれになったのかという流れは私がリスナーになる頃にはとっくに終わっていたらしく、今もよく分からない。

ノベルティとしてステッカーなどが用意されている番組は多いということすら知らず、当時はハチマキの異常さに気づかずただ嬉しかった。

メールを読まれてすらいない私に番組ノベルティをいただけるなんて、こんなありがたいことはない。凄く嬉しくて今も大切に保管している。しかし、ハチマキが届いたことで家族にメール投稿がバレた。隠すつもりは無かったが、バレてしまった以上、読まれなければダサい。

少し焦りが生まれた中で、年始特別企画のコーナーに懸けることにした。読まれるメールの数も多いのではと思い期待したが、結果はふるわず。悔しいが放送自体は面白かった記憶がある。

やっぱり相当難しいことなんだ、一生で1通という目標設定は適切だったんだ、なんて思っていたら数週間後にLOSTのコーナーで初めて読んでもらえた。金子さんと阿諏訪さんに笑ってもらえた。これが人生で最大と言って良いくらい嬉しくて、1週間ほど興奮しっぱなしだった。

当時体育の授業で「歩くスキー」というものがあり、公園内のコースをスキーで歩くのだが列からはぐれてしまい、見渡す限り雪で真っ白な中、道が分からなくなった。それでも、「星のギガボディでメール読んでもらえたし♪」というマインドで公園を脱出し、スキー板を担いで学校へ戻った。そのくらい興奮していた。

以降、メール投稿が楽しすぎて1日中そのことばかり考えていた。そのうち感覚を掴めたのか数週間に1通ほどの頻度で読んでもらえるようになった。「読んでほしい」とだけ思っていたのが「読まれるには」を考えて文章を書けるようになった。日常の出来事や感じたことをスマホのメモに打ち込むことが習慣となり、メール投稿以外でも文章を書いたり読んだりするのも楽しくなっていた。

小学生の頃から作文は苦手ではなかったが、テーマに沿って原稿用紙を埋めるのが得意なだけだった。誰かに読んでもらいたい、面白いと思ってもらいたいなんて考えもしなかった。

星のギガボディをきっかけに他のラジオ番組も聴くようになった。今、noteを楽しめているのもラジオがあったからだ。

高3の春休み、大好きな星のギガボディは2021年3月25日に最終回を迎えた。私と金子さんの誕生日だ。体調不良でしばらくお休み中だった金子さんが最後にリスナーに向けて手紙を用意し、それを阿諏訪さんが読み上げた。番組が終了するのは寂しかったけど、金子さんの言葉に久しぶりに触れられたのが嬉しかった。

その後、うしろシティはコンビを解散した。ラジオに出会うきっかけとなった二人のコントを生で観るという夢が叶わなくなってしまったけど、YouTubeの動画は残っているし更新もされている。

就職面接で趣味を訊かれ、「深夜ラジオを聴くこと」と答えた。もっと印象の良いことを言うべきだったと今は思うが、当時の自分にはラジオしか無かった。

社会人2年目の頃、夜勤と日勤が1週間ごとに交替する勤務形態で体調を崩した。眠れない夜、ラジオを聴いた。

今は体調は回復したが、眠れるか不安になってしまうことも多い。布団に入り目を閉じて、その日の気分で好きなラジオ番組を聴いて呼吸が落ち着いてきたら眠るというルーティーンを毎日繰り返している。今夜も、昨日の続きを聴くのが楽しみだ。

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