第6章 5回の「Why」- 神経系の断絶という根本原因
6.1 なぜ5回のなぜか ― 本章の方法
第1章から第5章まで、私はTarget Corporationの失敗を、現場・ブランド・法務・組織病理・企業統治という五つの位相で記述してきた。それらを貫く構造として「神経系の断絶」を繰り返し提示した。本章では、その構造を、品質管理の現場で用いられる単純だが強力な方法によって、根本原因まで遡る。
5回のなぜ(5-Why)は、トヨタ生産方式に由来する根本原因分析の手法である。ある問題に対して「なぜ」を繰り返し問い、表層の症状から根本の原因へと掘り下げる。私はSix Sigma Black Beltの保持者として、この手法を組織分析に用いることに慣れている。
ただし、一つ断っておく。5回のなぜは、形式的に「なぜ」を5回並べれば答えが出る魔法ではない。各段階の因果が、事実によって裏付けられていなければ、それは整然とした見かけだけの空虚な連鎖になる。形式的な厳密さは、内容の妥当性を保証しない。本章では、各段階の「なぜ」を、これまでの章で記述してきた事実に接地させながら進める。
出発点は、株価の暴落という、最も明白な症状である。
6.2 第一の問い ― なぜ株価は暴落したか
Target Corporationの株価は、2021年の最高値から約60パーセント下落し、S&P100指数からも除外された。本書の根本原因分析は、この症状から始まる。
第一のなぜ。なぜ株価は暴落したか。
直接の原因は、売上ではなく、利益率(margin)の予想未達である。これは事実によって裏付けられる。2022年第1四半期、Targetの株価は1987年のブラックマンデー以来最悪の単日下落を記録した。だがこの四半期、売上は前年比で増加していた。市場が罰したのは、売上の減少ではなく、利益率の崩壊である。営業利益率は前年の同時期から大きく低下した。
第二のなぜ。なぜ利益率が崩壊したか。
裁量的カテゴリー(アパレル、住居用品など)で需要が予想を下回り、過剰な在庫を抱えたからである。在庫は前年比で大幅に増加した。その過剰在庫を処分するための値下げと評価減が、粗利率を直撃した。これも事実である。
第三のなぜ。なぜ過剰在庫を抱えたか。
本社のマーチャンダイジング部門が、需要を過大に予測したからである。パンデミック期の購買データに過度に依拠し、消費者の急激なシフト(裁量品から必需品へ)を捉え損ねた。これはサプライチェーン理論でブルウィップ効果と呼ばれる現象に対応する。末端の需要の小さな変動が、川上で増幅された誤った発注を生む。
ここまでの三つのなぜは、財務と需要予測の領域にある。だが、第四のなぜから、問いは組織の構造へと入っていく。
6.3 神経系の断絶 ― 残りのなぜの連鎖
第四のなぜ。なぜ本社は需要の変化を予測に迅速に反映できなかったか。
現場が観測する客の実需の変化を、本社の予測と発注に吸い上げる組織機能が、弱いからである。小売業において、客の需要の変化を最も早く観測できるのは、現場である。どの商品が売れ始め、どの商品が動かなくなったか。それを最初に知るのは、売場に立つ人間である。その観測を迅速に予測へ反映する組織であれば、初期の予測の誤りを早期に補正できた。Targetは、在庫が積み上がってから事後的に値下げで対応した。現場のシグナルによる早期補正が機能していない。
第五のなぜ。なぜ現場のシグナルが吸い上げられないか。
組織が、現場の観測を経営判断に反映する人事と文化を持たないからである。現場は、需要シグナルの発信源としてではなく、本社の指示を実行し、形式的に評価される対象として扱われている。第1章で記述したEVPの店舗巡回がその象徴である。経営最上層が現場を訪れたとき、彼が行ったのは、客の実需を聴き取ることではなく、棚の見た目を点数づけすることだった。現場は、情報の源泉ではなく、採点の対象だった。
そして、この第五のなぜが、本書が繰り返し提示してきた「神経系の断絶」に到達する。
頭脳は健全である。本社のマーチャンダイジング・システム、Zebra端末による在庫の統合管理、内製の自動発注システム、従業員向けのe-learning ― これらの設計能力は低くない。問題は頭脳ではない。問題は、頭脳と感覚器(現場)を結ぶ神経系である。どんなに頭が良くても、鼻が詰まって匂いを嗅げず、耳が詰まって聞こえず、舌の味蕾が調子を崩し、目が霞み、手足の末端神経が麻痺していれば、その頭脳は外界を認識できない。
さらに、神経系の断絶には、もう一段深い層がある。感覚器そのものが故障している。自動発注システムは、現場が入力するデータが正確であることを絶対の前提とする。しかし、そのデータを入力する人間の作業が不正確であれば、データそのものが汚染される。商品が間違った場所に陳列され、バックストックが所定の位置に置かれず、在庫の数量と物理的現実が乖離する。システムは、その汚染されたデータを信じて、誤った発注を自動的に、高速で、大量に実行する。本書の執筆時点でも、回転の遅い商品が、三か月で売り切れる見込みのない量で店舗に納入され続けている。これはやがてクリアランスの値下げになる。神経系の断絶が、今日も同じ症状を生み続けている。
6.4 三社の比較が照らす根本原因
神経系の断絶が根本原因であるという結論は、競合他社との比較によって、より明確になる。同じマクロ環境(インフレ、消費シフト、運賃高騰)に晒されながら、CostcoとWalmartはTargetと異なる結果を示した。この差は、組織の構造の差を照らし出す。
Costcoは、現場の需要シグナルを吸い上げる機能を、組織構造に埋め込んでいる。離職率は7から8パーセント(Targetは30パーセントを超える)。倉庫の管理職はほぼ全員が内部昇進である。経営の継続性も高い。低い離職率は現場知識を組織に蓄積させ、内部昇進は現場で客の実需を見てきた者を意思決定層に押し上げる。Costcoは、神経系を人事構造によって健全に保っている。
ただし、ここで一つ留保が必要である。Costcoの在庫回転率の高さ(Targetの約二倍)は、会員制ホールセールというビジネスモデルに由来する部分が大きく、組織文化だけの産物ではない。比較の証拠として強いのは、ビジネスモデルから独立した指標 ― 離職率、賃金、内部昇進、経営の継続性 ― である。在庫回転率の比較は、モデルの違いという交絡を含むため、根拠としては弱い。この区別を守らなければ、比較は印象論に堕する。
Walmartは、逆方向から同じ結論を照らす。Walmartの現場労働環境は、報告によればTargetより劣悪な側面を持つ。にもかかわらず、Walmartは成功モデルを維持している。なぜか。
Walmartは、現場の質に依存しないビジネスモデルを持つからである。圧倒的な規模、食品・必需品中心の商品構成、最安値というブランド認知、立地。これらの構造的バッファが、現場の非効率を吸収する。必需品は不況下でも需要が落ちず、むしろ他店からの流入を受ける。Walmartの主力顧客は、郊外に住む保守的価値観の、相対的に低所得の層であり、現場の洗練された体験を求めて来店するのではなく、最安値を求めて来店する。だから現場の質が業績に与える感度が、構造的に低い。
この二社の対比が示すのは、現場の質は業績の独立した原因ではなく、構造的バッファの薄い企業ほど業績への感度が高まる増幅器であり減衰器である、ということだ。Costcoは人材投資という経路で、Walmartは規模と必需品という経路で、それぞれ成功している。成功への経路は一つではない。
問題は、Targetがそのどちらの経路も十分に持たないことである。規模ではWalmartに劣り、人材投資ではCostcoに劣る。そして、Targetに残された差別化は、「Tar-zhay」という愛称が象徴する、手頃な価格での洗練された発見の体験 ― すなわち現場の売場そのものが生み出す価値である。Targetのビジネスモデルにおいて、現場の質は、商品価値の中核そのものなのだ。にもかかわらず、Targetはその現場を、半官僚的な組織文化によって自ら毀損している。これがTargetの構造的窮地である。
6.5 中間層 ― 変革のレバレッジポイント
根本原因が神経系の断絶であるとして、その神経はどこで最も深く断たれているのか。本章の5回のなぜを、もう一段、具体的な場所へと落とし込む。
Targetのパートタイム従業員向けのe-learningプログラムは、よくできている。本社が末端の従業員に正しい手順を教える仕組みは整っている。頭脳から末端への信号は、教材としては存在する。
しかし、その教材が現場で正しく実行されるかは、別の問題である。教えられた手順を現場で監督し、修正し、徹底させる層 ― すなわちTL(チームリード)とETL(エグゼクティブ・チームリード)という中間管理層 ― が機能しなければ、教育は現場の正確な実行に結びつかない。
第1章で記述した現場の失敗の多くは、この中間層の機能不全に収束する。作業時間中にスマートフォンを見続け、部下の非効率を目撃しても修正しないTL。業務指示書に記載済みの作業内容を理解していないTL。現場の問題提起に応答しないETL。過剰な押し込みや誤った陳列を修正しない監督層。データの汚染も、シグナルの遮断も、その大半がこの中間層で発生している。
中間層は、感覚器(現場)と頭脳(本社)を結ぶ神経の結節点である。本社がいかに優秀な教材を作り、末端をいかに教育しても、結節点である中間層の質・能力・問題意識が低ければ、信号はそこで遮断され、歪曲される。
したがって、変革のレバレッジポイントは、末端のパートタイム従業員でも、本社の頭脳でもない。中間層である。パートタイム向けのe-learningをいくら改善しても、TLとETLの質を根本的に変革しない限り、業績の改善は小手先に留まる。これは、Costcoが内部昇進と低い離職率によって優秀な中間層を育成・維持していることと、正確に対応する。Costcoに欠けていないもの ― 現場を知る優秀な中間層 ― が、Targetに欠けている。
6.6 根本原因の確定と、その射程 ― 章の総括
5回のなぜを遡った結果、根本原因は次のように確定される。
Targetの株価暴落の根本原因は、経営能力の欠如(頭が悪いこと)ではない。本社と現場を結ぶ神経系の断絶 ― 現場が観測する客の実需を、正確・迅速・精緻に経営判断へ吸い上げる機能の欠如であり、その機能を毀損している半官僚的な人事と組織文化である。そして、その断絶が最も深く生じている結節点が、TL・ETLという中間管理層である。
この根本原因は、本書がこれまで記述してきた全ての症状を貫いている。第1章の現場のオペレーション失敗。第2章のブランドの二度の方針反転(顧客の価値観を感知できない)。第3章の証券詐欺訴訟(リスクを取締役会が識別・開示できない)。第4章のSection 5的な組織麻痺。第5章の企業統治における答責性の曖昧化。これらは別個の事件ではない。一つの神経系の断絶が、財務・ブランド・法務・組織・統治という異なる位相で現れた、同一の構造的失敗である。
ここで、本書がこの分析自体に向ける自己点検を、再度記しておく。根本原因を一つの構造に収束させるこの記述は、あまりに整然としている危険を持つ。現実は、複数の要因が確率的に絡み合う複合である。神経系の断絶という単一の比喩に全てを回収する記述は、その複合性を単純化している可能性がある。マクロ環境という要因も、無視はできない。本書の結論は、神経系の断絶を「唯一の原因」とするのではなく、マクロ環境が引き金を引き、Targetの硬直した組織がそれを増幅し補正に失敗した、その増幅・補正失敗の構造的要因として提示するのが、反証に最も耐える。
根本原因が中間層を結節点とする神経系の断絶であるならば、その治療は、個人の入れ替えではあり得ない。第1章で見たように、五年間で五人の店舗ディレクターが交代しても、構造は変わらなかった。治療は、神経系の再建 ― 現場の需要シグナルを吸い上げる機能の回復であり、その結節点である中間層の質の根本的な変革である。
では、その変革は具体的にどのような戦略として描けるのか。次章では、Targetが取りうる代替戦略を、優先順位とトレードオフとともに提示する。
―― 第6章 終わり ――
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