自分の人生を、相手に預けない
こんにちは、「笑顔工学」の専門家、木村光範です。
「笑顔工学」についてはこちらの記事をご覧ください。
相手の一言が、いつまでも気になる。
返信が遅いと、軽く扱われているように感じる。
自分の提案に反対されると、自分自身を否定されたように思ってしまう。
そんなことはないでしょうか。
そして、気持ちが落ち着かなくなり、
「あの人がいるからうまくいかない」などと考え始めます。
自信のなさ。相手への疑い。ストレス。人のせいにする気持ち。
別々の問題に見えますが、
私は、その奥に共通するものがあるのではないかと考えています。
それは、
自分の価値や、自分がどう生きるかの判断を、
相手の反応に預けてしまうことです。
相手を疑っているのか、自分が不安なのか
たとえば、送ったメッセージに返信がないとします。
確認できる事実は、「まだ返信が来ていない」ということです。
しかし、そこに自分の解釈が加わります。
「私のことを軽く見ているのではないか」
「本当は協力する気がないのではないか」
「何か隠しているのではないか」
まだ分からないことを、自分の中で埋め始めてしまうのです。
親密な関係を対象とした心理学の研究 (Through the Looking Glass Darkly? When Self-Doubts Turn Into Relationship Insecurities マレー他 1998) では、
自尊感情の低い人が自分の価値への不安を刺激されたとき、
相手が自分を受け入れてくれているか、
という「疑い」も強まった、ということが言われています。
すべての人間関係に
そのまま当てはめることはできないかもしれませんが、
自分への見方と、相手への見方が無関係ではないことを
示しているのではないでしょうか。
ですから、相手を疑いたくなったときには、
相手の行動を確かめるとともに、
自分の不安が、その受け止め方に影響していないか、
一度立ち止まって考えるようにしたいと思っています。
相手の誠実さを確かめたいのか。
それとも、「自分は大切にされている」と確認したいのか。
この二つは、似ているようで違います。
後者であるなら、相手の行動をいくら調べても、
自分自身への不安が残ってしまうかもしれません。
人のせいにすると、次の一歩も相手任せになる
「相手が認めてくれれば、自信を持てる」
「周囲が変われば、気持ちよく働ける」
「あの人がいなければ、自分はもっと力を発揮できる」
こう考えると、自分が前に進むための条件が、
すべて相手の側に置かれます。
相手が変わるまで、自分は動けない。
相手が認めるまで、自分を認められない。
これは、自分の人生でありながら、
その進み方を相手に決めてもらっている状態ではないでしょうか。
私も、かつて、会社が大きな損失を負ったとき、
取引先や社員、時代に理由を求めてしまっていました。
自分は頑張っているつもりでした。
できることはやっているつもりでした。
しかし、やれることを十分にやっていないうちに、
人のせいにばかりしていた自分に気づくようになりました。
そこから、「自分には、まだできることがある」
と考えられるようになり、新しい打ち手が見え始めたのです。
相手の問題が、すべてなくなるわけではありません。
相手が変わるのを待つことから、
自分ができることを選ぶことへ、
心の向きが変わったのだと思います。
そうすることで、確実に人生が好転していくと私は実感しています。
「自分が引き受ける」と「自分が悪い」は違う
ここは、間違えてはいけないところです。
人のせいにしないことは、
すべて自分が悪いと考えることではありません。
ストレスにも、さまざまな原因があります。
過大な仕事量、不安定な雇用、人間関係の衝突などに
ストレスを感じるのは自然な反応であり、
自信のなさだけで説明できるものではありません。
相手の不誠実な行動や、組織の無理な要求を、
自分の心がけの問題に置き換えてはいけません。
必要なら、断る。距離を取る。改善を求める。
一人で対処しきれないときには、
信頼できる人や専門家に相談することも大切です。
私が大切にしたいのは、原因を全部自分に集めることではありません。
何が起きたかは冷静に確かめる。
そのうえで、これから自分がどうするかを選ぶ。
責任を引き受けるとは、自分を罰することではなく、
自分にできる行動を引き受けることなのだと思います。
自分は必ず正しいと思いこまない
私は、自信とは
「自分は必ず正しい」と思い込むことではない
と考えています。
間違えたら、認めればよい。
分からなければ、聞けばよい。
うまくいかなければ、学び直せばよい。
そのように、自分を立て直していく姿勢を信じることです。
自分の提案が採用されなかったとしても、
自分という人間の価値がなくなったわけではありません。
相手と意見が違っても、
自分の生き方まで否定されたわけではありません。
「この案には改善の余地がある」という話と、
「自分には価値がない」という話を、混ぜないようにしたいのです。
自分を信じることと、相手を無条件に信用することも別です。
確認すべきことは確認する。
ただし、まだ分からないことを、悪意で埋めない。
自分も相手も、決めつけずに見ていく。
そういう落ち着きを、私は育てたいと思っています。
経営者の不安を、社員の仕事にしていないか
この話は、経営やDXにもつながります。
たとえば、進捗を共有する仕組みをつくるとします。
仕事の遅れに早く気づき、必要な支援をするために使うのか。
それとも、経営者が安心するために、
社員の行動を細かく確認し続けるのか。
私は、この目的の違いを大切にしたいと思います。
もちろん、進捗確認や記録は必要です。
確認すること自体が、疑っていることではありません。
ただ、仕組みをつくる前に、一度自分へ問いかけたいのです。
「これは、仕事を良くするための確認だろうか」
「それとも、自分の不安を鎮めるために、相手を動かそうとしているのだろうか」
不安を感じる自分を責める必要はありません。
しかし、その不安を、
そのまま社員への要求に変えてよいわけでもありません。
DXでは、仕事の目的、判断基準、責任の範囲を
明確にすることが大切です。
自分がすべてを見ていなくても、現場が考え、
困ったときには相談できる状態をつくっていくことが重要なのです。
それが、私の考える「人を活かす経営」です。
自分を生きるために、問いを戻す
自分を生きるとは、周囲の意見を聞かず、
好き勝手にすることではありません。
人に支えられていることに感謝しながらも、
何を大切にして行動するかは、自分で選ぶことです。
ですから、難しい感情を無理に消そうとするのではなく、
自分が大切にする価値に沿って行動するのが良いと私は考えています。
私は、人のせいにしたくなったとき、
次の3つを問い直すようにしています。
いま分かっている事実と、自分の解釈は何か。
自分は、何を怖がっているのか。
相手の反応にかかわらず、今日、自分が大切にしたい行動は何か。
私には、
「すべての人が笑顔で在り続ける社会づくりに貢献する」
という理念があります。
その理念を大切にするなら、相手に認められた日だけ、
誠実に振る舞うわけにはいきません。
理解されない日にも、相手の話を聴く。
うまくいかない日にも、事実を確かめる。
自信が揺らぐ日にも、できることを一つ行う。
休む必要があるなら、休む。助けが必要なら、頼る。
それも含めて、自分の人生を自分で引き受けていきたいのです。
まとめ
相手への疑いも、人のせいにしたくなる気持ちも、自分を守ろうとする不安と結びついていることがあります。だから私は、相手を責める前に、自分の心も見つめたいと思います。
ただし、それは「不安になる自分が悪い」という話ではありません。
自分の価値を、相手の一言で決めないこと。
相手の責任と、自分にできることを分けること。
不安がなくなるまで待つのではなく、大切にしたいことに沿って、一つ行動すること。
私は、自分を生きるとは、そういうことなのではないかと思っています。
人のせいにしないとは、自分を責めることではありません。
自分の人生の次の一歩を、相手に預けないことです。
自信があるから、自分を生きられるのではないのかもしれません。
自分が選んだ行動を、一つずつ積み重ねていく。
その過程で、自分への信頼も育てていきたいと思います。
最後までお読みいただき、ありがとうございました。
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