穴に落ち、ゲームを作り、マゾになる
僕はゲーム会社でプランナーをやっている。
と言ってもほとんどの人にはそれがどんな仕事かわからないだろうし、よく聞かれる「ゲームの企画を考えてるんですか?」という質問も、答えはNoである。ゲームの企画はもっともっと偉い人が考える。下々のプランナーがやることは、その企画を具体的なゲームにするうえで必要な要素を洗い出し、プログラマやデザイナといった専門職に依頼して、納期を管理する……そういった不可欠であるがあまり華やかではない業務だ。ゲームプランナーは本質的に中間管理職だともいえるだろう。
しかしながら、たまにはプランナーにも創造的な仕事はやってくる。ゲームのステージを設計したり、シナリオを書いたり。
これは僕がまだ入社して一年目のことだ。
その日の僕は、開発中のゲームのステージを設計していた。3Dのソフトで実際に立体的な地形を作り、そこに敵キャラを置いたり、簡単なプログラムでイベントを組んだりして、実際に遊んでみる。
その時のゲームステージはまだグレーの背景にグレーの人形しか置かれていないこともザラで、それが最終的にどういうステージになるのか想像しながらステージをくみ上げていくことになる。
読んでみて思った人もいるだろうが、実際のところこれは非常に面白い仕事で、こんなことでお金をもらっていいのか?と思うくらいには楽しい。
ゲームに詳しい人に向ければ、「マリオメーカー」とかを遊んでいるのにお金がもらえるようなものだ。マリオメーカーはまさしくゲームプランナーの仕事をそのままゲームにしてしまったという作品である。
しかしながら、その時の僕は非常にステージの作成に苦戦していた。別にアイデアが出てこないのではない。むしろアイデアは色々出てくるし、ステージも形になっている。
残念ながらどういったステージだったのか詳述することは機密保持の観点からできないのだが、作っていたゲームはアクションゲームだった。主人公は剣をもって城を進む。城にはモンスターや罠がひしめいており、気を抜くとプレイヤーはすぐに死んでしまう。まあ、「ゼルダの伝説」とか「ダークソウル」とか、ああいう雰囲気を想像してもらえればよいと思う。
しかし、出来たステージを当時僕のメンターだった上司に見せると、反応が芳しくない。このメンターにして上司をSさんとしよう。
「うーん…」
僕の作ったゲームをひとしきり遊ぶと、Sさんはコントローラーを置いて考え込んだ。
「まあ、あれだよな……ようするに、ゲームを作るっていうのはもっとマゾになるってことなんだよな」
と、言った。
「結果じゃなくて過程が重要なんだよな。クリアできるのはゲームとして当然なんだから」
えっ。どういうことですか?と当然に聞き返す僕に対して、「例えばさ、SMってあるじゃん。女王様が鞭をマゾにふるうわけだけども、」
わけだけども、じゃないが。と僕は思ったが、何も言える雰囲気ではなかった。Sさんは顎に手を当てて少し考えてから言葉を続ける。
「拷問とか処刑とかで鞭をふるうと死んじゃうんだよな。でもSMは殺したいわけじゃないんだよ。そういうこと」というと、じゃあまた出来たら持ってきて。と言って自席に帰ってしまった。
あらかじめ言っておくと、Sさんは教育者としてはクソであった。もっとわかりやすく言え以外の感想はない。
身長は190センチ近い長身で横幅もでかく、体重は200キロくらいありそうに見える。顔の下半分は髭でおおわれており、上半分は帽子でおおわれている。高専を中退してから大学に入り、心理学を専攻してなんやかんやあってゲーム業界に来たという、全体的にそれっぽすぎる人である。
Sさんの作るステージはなるほど文句なしに面白い。が、どうやってそれを作るのかについては、きわめて漠然とした言葉でしか伝えてくれない。明らかに教育者には向いていないのだが、しかして弊社には一定の年次になると必ず若い社員の教育係に任命される制度があり、制度によって自動的に僕のメンターになったのであった。そういう意味ではSさんもまた被害者なのかもしれなかった。
一人でSさんの作ったステージを遊んでみる。同じゲームのステージだから見た目は大きくは変わらない。確かに面白い。しかし僕が作るものと何が違うのか?
次に自分のステージを起動して遊んでみる。
高い密度でトラップが配置され、強力な敵が配置されているそれは、やはり非常に作りこまれ、気を抜けばすぐにゲームオーバーになる、なかなか歯ごたえのあるステージに思えた。
Sさんのステージと僕のステージ、何が違うのだろうか。
考えても結論は出ないような気がしたので、気分転換に自販機に行くことにした。
オフィスの地下にある自販機に行くと、同期のW君が自販機の前に立っていた。彼はデザイナー採用で、UIと呼ばれる、ゲーム画面上に表示されるさまざまな情報を表すアイコンであるとか、メニュー画面のデザインと言ったことを広く担当していた。
自販機の前で少し立ち話をすると、どうやら彼もまた仕事に行き詰っている
自分の作っているものには自信があるのだが、上司にはNGをもらう。どうすればいいのかわからない。
僕はその時点でこの会社の教育体制に何かしら深刻な構造的な欠陥があるような気がしたが、そこまで考えるのは僕の仕事ではないので考えるのをやめ、ブラックコーヒーを買うと一足先にエレベーターに乗って自席に戻った。
自席に戻ってコーヒーを飲みながら、しかし特段新しいアイデアが浮かぶでもなくウンウンうなっていると、スマホにラインの通知が来た。見てみると、先ほど地下で会話したW君である。
「穴に落ちて出られない。助けてくれ」
「救難信号」
と書かれていた。

はじめ僕は、これは何らかの比喩表現だろうと理解した。なにしろ先ほど仕事が行き詰っている話を聞いたばかりだ。
しかし、それなら社内チャットで送ってくればいいし、そもそも僕に連絡するのもお門違いである。と思っているうちにまた通知が来る。
「地下に大穴が開いていて、落ちた。出られない」
僕はしばらくそのメッセージを凝視してみたが、書いてある以上の意味を読み取ることはできなかった。
再び地下に降りて、自販機があった方向とは反対側に向かうと階段がある。一階から降りてくるための階段だ。もしさらに地下に階があれば、階段は折り返して地下に続いていくわけであるが、このオフィスは地下一階までしかないので、階段はここで終わっている。
しかし、その階段がもし続いていれば折り返していたであろうスペースの、その先から確かにW君の声が聞こえてくる。
薄暗いを通り越してほとんど闇を進んでいくと、地面が消えて濃い闇が広がっているのが見えた。足をいったん止めてすり足で進むと、はたして本当にそこには大穴があったのである。
大穴の底にはW君がいた。
「ハリーポッターと炎のゴブレット」のラストを僕は思い出した。底が見えないほど深い魔法のトランクの底に閉じ込められたムーディ先生を見つけるシーン。
もちろんその穴の深さは至極現実的で、2m弱程度に見えた。
穴の上から話を聞いたところ、W君は自販機で飲み物を買ったのち、階段で帰ろうとした際、階段わきのスペースがあることに気づいた。そしてちょっと見に行ったところ、穴に気づかず落ちたそうである。
まず、そもそもこの穴は何だ、という話であるが、ともかくW君を助けねばならず、穴のへりから身を乗り出して手を伸ばして、そしてそのまま僕も穴に落ちた。
あまりにも間抜けな話で思い出してもみっともないのだが、こうしてミイラ取りが一瞬でミイラになり、暗闇の穴の底に二人のミイラが並ぶこととなった。
「おい!大丈夫か」とW君が落ちてきた僕に言ったが、心配というよりも「お前マジか」という雰囲気が暗闇の中でも感じ取れた。自分を助けに来た人間が流れるようにして自分と同じ状況に陥ったとして、僕だって自分を棚に上げてそいつを非難したくなると思う。
「大丈夫……それにしても、僕も落ちてしまった」
辛くも頭から落ちることは免れた僕は、打った肩をさすりながら、そこで少し笑ってしまう。
いかにもこの状況があまりにも象徴的過ぎた。ゲーム作りに行き詰ったデザイナー二人が、深い穴に落ちる……こんなストレートな比喩があるだろうか。
いうても穴の深さは2m程度なので、二人で協力すれば穴から出ることは容易であるように思えた。
僕が考えたプランはこうだ。僕がW君を肩車する。W君は這い上がり、しかる後に僕を引っ張り上げる。
W君はその案を聞いて少し考えると、「うん、それでいこう。君のほうが体が大きいから、肩車されるのは僕のほうがいい」と言った。
そしていざ肩車をしようというそのタイミングで僕の中に彼方から轟いてくる雷鳴のように天啓がひらめいた。W君を肩に乗せつつあるその状況で僕の脳内に到来したそれはつまり、
穴から出る方法を考えるには、穴に人を落とすのではなく、穴に落ちた人間の気持ちにならなければならない。
ということだった。
「なるほど」と僕は言った。
「何が?」
「穴から出る方法が分かったんだよ」
「うん、だからこうして肩車してるんだろ」
「それもそうなんだけど、より抽象的な意味で、穴から出る方法が分かったんだ」
W君は僕の肩の上で数秒黙ったあと、「わかった。とにかくここを出てから考えよう」と言った。全くその通りだと僕も思った。
その後、W君を穴の上に押し上げて、僕も引き上げてもらった。僕を引き上げるのは思ったよりも苦労したが、それでもとにかく脱出することができたということになる。
「なんだったんだ、この穴」と僕が言うと、「わからん。わからんが、総務部には報告しておく」とW君が言った。
総務部か……。これって総務部案件なのか?と思ったが、ほかにどこに報告しようもないと思ったので、何も言わなかった。
自席に戻った僕は改めて自分の作ったステージを遊んでみる。
なるほどよくできている。それは「いかにプレイヤーを殺すか」という観点で考え抜かれたステージだった。そして、その姿勢がそもそも間違っていた。ステージはクリアされなければならない。
つまり、僕が考えるべきなのは、「いかに殺されないか」だったのだ。
ゲームとは穴に落ちてから這い出てくるまでの過程である。誰も出られない穴はゲームではない。
僕が再調整したステージを遊んだSさんは、だいぶ良くなってる、と言った。「ユーザー目線になってる。でも、これだと簡単すぎる」
コントローラーを机においてSさんは続けた。
「ゲームを遊ぶ人はあえて難しいことをゲームで挑戦するだろ。で、それをクリアしたいんだよ。だから難しいけど、それがいい、ってことにならなきゃダメだ。で、それをどうやって実現するのか……」ぶつぶつつぶやくように言っていたSさんは、こちらを向いて少し笑う。
「厳しくて、難しいのが気持ちいい人間になれ! そうすればわかる。難しいけど面白いってことが。なぜなら、自分がされたい事をゲームにすればいいだけだから」
「じゃあ、こないだ言ってたマゾになれ、ってのはそういうことですか」
「そうだ」
「じゃあ、うちのゲームプランナーはみんなドMなんですか」
「そうだ」
そうなんだ。とつい納得してしまうくらい、すがすがしくSさんは断言した。
「とはいえかなり良くなっている。この調子でどんどん気持ちよくなれ!いつかいいゲームができる」
と言って、再びSさんは去っていった。
ゲームプランナーって別になりたくないかも、と思った。
改めてステージを調整しながら僕は想像する。暗闇の中を進むと、ふいに足元のスイッチを押してしまう。するとゴゴゴ・・という音がしてゆっくり天井が落ちてくる!向こうに見えるかすかな出口の光まで走れば間に合うかもしれない。
あるいは、果てるとも知れない毒の沼を歩いている。一刻も早く陸地に向かいたい。だが、陸地への最短距離には巨大な毒ドラゴンがとぐろを巻いている!ではあなたならどうする。
いくつものシチュエーションを考えては、自分でそこを歩く。与えられる極限のストレスからどう逃れたいのか?あるいは逃れたくないのかもしれない。もうどうやっても助からないような状況で光明が見える。そこに向かって必死に頭を巡らせる……
ゲームはすべからくクリアできなければならない(「すべからく」の正しい用法だ!)。
そういうようにできている。
それはあえてやらなくてもいい苦境にプレイヤーとして飛び込み、それを解決してカタルシスを得る一連の行為だ。ゲームの設計者はみんな頭がおかしくなっていて、次々に変なステージを作ってあなたを苦しめるだろう。だがそれは常にプレイヤーへの信頼によって成立する。
あなたならこのステージをクリアできるだろう。あるいは、あなたもこの絶望的な状況で気持ちよくなれるだろう。そのようなマゾヒスティックな問いかけだ。
僕はぜひあなたにもこの問いに答えてほしいと思っている。みんなでドMになろう!
数か月して、僕が携わっていた初めてのゲームがマスターアップ(データ完成)した。その頃の僕はもうすっかりドMになっていて、どうやって殺されたいか、どうやって死にたいかを常に考えながら生活する異常者と果てていたわけだが、もはや以前の自分を思い出すこともできないので問題なかった。
地下の自販機でコーヒーを買って、ふとあの穴はどうなったのだろうかと思った。スランプから無事に抜け出した今、あの時の階段脇のスペースに行ってみると、穴なんてものは跡形もなく消えていた……なんてことは当然なく、三角コーンでふさがれた通路の先に、相変わらず黒々としてそこに存在していた。(完)
