夜の先には、きっと朝が来るーー「夜のピクニック」を読んで
不安で眠れない夜がある。
布団に入って目を閉じても、なかなか眠れない。
昼間なら気にしなかったような小さな失敗を思い出したり、これから先のことを考えてしまったりする。
静かな部屋にひとりでいると、心配ごとは昼間よりもずっと大きく感じられる。
「これからどうなるんだろう」
そんなことを考えながら、ぼんやり天井を見つめていると、自分だけが世界から取り残されたような心細さを感じることがある。
そんな夜に、ふと手に取ったのが、恩田陸さんの『夜のピクニック』だった。
この物語の舞台は、高校生活最後の一大イベント「歩行祭」。
全校生徒が、夜を徹して八十キロという長い距離を歩き続ける。
八十キロ。
数字だけを聞けば、とても長くて大変そうだ。
けれど、この物語には、派手な出来事が次々と起こるわけではない。
生徒たちは、歩く。
話す。
笑う。
少し疲れて、また歩く。
ただ、それだけなのに、不思議と私は物語から離れられなくなった。
ページをめくっているうちに、いつの間にか私も生徒たちと一緒に夜道を歩いているような気持ちになっていた。
暗い道を、一歩ずつ。
その中で描かれていくのが、主人公・甲田貴子の胸に秘められた小さな賭けだ。
同じクラスにいながら、ほとんど話したことのない西脇融。
二人には、周りには簡単には話せない複雑な事情がある。
貴子は、この歩行祭の間に、融に声をかけようと決めていた。
私は、この「声をかける」ということが、とても大きな意味を持っているように感じた。
たった一言なのに、人に話しかけるのは難しいことがある。
嫌われたらどうしよう。
変に思われたらどうしよう。
今さら話しかけても大丈夫かな。
そんなことを考えているうちに、結局何もできないまま終わってしまう。
私にも、そういうことがある。
だからこそ、貴子が勇気を出そうとする姿に、どこか自分を重ねていたのかもしれない。
そして、この物語で私が特に心惹かれたのが、「夜」という時間だった。
夜には、不思議な力があると思う。
昼間なら隠している気持ちが、静かな夜の中で、少しずつ顔を出してくる。
『夜のピクニック』の生徒たちも、疲れた身体で暗い道を歩きながら、少しずつ自分の気持ちと向き合っていく。
その姿を読んでいると、私自身が夜に月を見上げる時間を思い出した。
私は、不安な夜に窓を開けて月を見ることがある。
涼しい夜風に当たりながら、しばらく何も考えずに月を眺める。
そして、心のなかで、
「今日もお疲れさま」
と、自分に声をかける。
何かが解決するわけではない。
明日から突然、強くなれるわけでもない。
それでも、月をみていると、少しだけ心が落ち着いてくる。
「今は、これでいい」
そんなふうに思えることがある。
『夜のピクニック』を読んでいると、そんな自分の時間と、物語の中の生徒たちが歩く夜道が重なって見えた。
夜の中にいるときは、先が見えない。
それは、人生も同じなのかもしれない。
これから何が起こるのか分からない。
自分がどこへ向かっているのか分からなくなることもある。
立ち止まりたくなることもある。
それでも、生徒たちは歩き続ける。
一歩進めば、また一歩。
そして長い夜が終わったとき、そこには朝が待っている。
私は、この場面に心を動かされた。
どんなに暗い夜も、永遠に続くわけではない。
今は何も見えなくても、時間は少しずつ進んでいる。
だから、今すぐ答えを見つけられなくてもいい。
大きな一歩を踏み出せなくてもいい。
今日をなんとか終えて、明日へ一歩進めれば、それでいい。
この本を読んで、私はそんなふうに思えるようになった。
「頑張らなければ」と自分を励ますのではなく、
「もう少しだけ歩いてみよう」
と、そっと背中を押してもらったような気がする。
『夜のピクニック』は、青春を描いた物語だ。
でも、私はこの本を、青春時代を過ぎた今だからこそ読めてよかったと思っている。
高校生の頃には、きっと気づかなかったことがある。
人生には、先が見えない夜のような時間があること。
不安になったり、迷ったり、誰かに言いたいことを言えなかったりすること。
そして、そんな時間も決して無駄ではないということ。
暗闇の中だからこそ、自分の心の声に気づけることもあるのだと思う。
もし今、眠れない夜を過ごしている人がいたら。
もし、先のことが不安で、ひとり取り残されたような気持ちになっている人がいたら。
私は、この本をそっと渡したい。
「大丈夫」と簡単に言うのではなく、
「一緒に、もう少し歩いてみよう」
そんなふうに寄り添ってくれる本だから。
夜は、いつか明ける。
今はまだ朝が見えなくても、私たちは少しずつ前へ進んでいる。
だから、焦らなくてもいい。
一歩ずつでいい。
長い夜の先には、きっと朝が来る。
『夜のピクニック』を読み終えた私は、そんな当たり前だけれど大切なことを、静かに胸に抱えていた。
