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前田家展で見たのは、宝物ではなく「継承の意思」だった


最終日に駆け込んだ。

東京国立博物館で開催されていた「前田家伝来!国宝・重要文化財大公開」。前田家といえば加賀百万石。豊臣秀吉を支えた前田利家。豪華な甲冑や名刀。そんなイメージを持って会場に入った。

ところが、展示を見終えたあとも頭から離れなかったのは利家ではなかった。

5代藩主・前田綱紀。

そして、「知識を未来へ残す」という執念だった。

「所有」ではなく「知識化」


展示の中で最も印象に残ったのは「百工比照」だった。漆器、染織、金工など、さまざまな工芸技術の見本を体系的に収集し、比較できるようにまとめた資料である。

最初は工芸見本帳くらいに思っていた。しかし見れば見るほど不思議な気持ちになった。なぜここまで分類するのか。なぜここまで比較するのか。なぜここまで残そうとするのか。

そこで気づいた。綱紀は作品を集めているのではない。技術そのものを保存しようとしているのだ。名品を所有することではなく、知識を体系化し、未来へ引き渡すことに関心があったのではないか。

現代にもオタクやマニアと呼ばれる人たちがいる。特定の分野に深い愛情を持ち、徹底的に収集し、研究する。その情熱には敬意を抱く。

しかし綱紀から感じたものは、それとも少し違う。

好きだから集めるのではない。所有したいから集めるのでもない。彼を突き動かしていたのは、「失われる前に残す」という使命感だったように思う。

百工比照も、軍装図録も、東寺の文書も、すべては未来への受け渡しを前提としている。自分のためではなく、後世の誰かのために残す。その発想のスケールに圧倒される。

だから私はそこに、単なる収集家ではない構想力を感じた。

甲冑よりも惹かれた一冊の図録


もう一つ、強く心を奪われたものがある。「加賀藩主甲冑並藩軍装図録」だ。不思議なことに、実物の甲冑以上にこちらに惹かれた。

図録には歴代藩主の甲冑や軍装、旗印などが詳細に記録されている。見ていて思った。これは軍装図鑑ではない。前田家という組織のアイデンティティを記録し、継承するための仕組みではないか。

現代企業でいえば、CI(Corporate Identity)やVI(Visual Identity)のガイドラインに近い。「前田家とは何者か」。その答えを次代へ引き継ぐためのブランドブックのように見えた。

戦うための装備ではなく、自らを定義するための記録。そこに私は、単なる軍装図録を超えた、継承のための設計図を見た。

東寺から借りた文書と100個の桐箱


音声解説で紹介されていたエピソードも忘れられない。

綱紀は東寺から古文書を借り受け、書写と目録作成を行った。それだけでも十分すごい話なのだが、さらに驚いたのはその後だ。

整理を終えた綱紀は、文書保存のための桐箱100個を東寺へ寄進したという。

写本を作るだけなら目的は達成されている。それなのに原本の保存環境まで整えようとする。

情報だけではなく、その情報を載せている媒体そのものを未来へ残そうとする。この話を知ったとき、百工比照や軍装図録と同じ思想が流れているように感じた。

綱紀の関心は一貫していた。失われるものを残すこと。それも体系的に。

武家の知的レベルに驚く


展示を見ながら何度も思った。これはお金があるだけではできない。

加賀百万石という財力は確かにあっただろう。しかし百工比照も、尊経閣文庫も、軍装図録も、財力だけでは生まれない。そこには、「何を残すべきか」を見抜く力が必要だったはずだ。

私は前田綱紀を、異常なスケールのアーキビストでありキュレーターだったと思う。作品を集める人ではなく、知識を保存する人。その姿勢に圧倒された。

本当に驚いたのは「継承」だった


しかし、後から振り返ると、私が最も驚いたのは綱紀個人ではなかった。その思想が継承されていたことである。

江戸時代は終わった。明治維新があった。華族制度もなくなった。第二次世界大戦も経験した。日本のさまざまな制度や価値観が断絶した。

それにもかかわらず、前田家は文化財を守り続けた。

1926年には前田育徳会を設立し、収蔵品の保存と公開を続けている。百工比照も、軍装図録も、尊経閣文庫も、奇跡的に残ったわけではない。

何代にもわたり、

「これは残すべきものだ」

と判断し続けた人がいた。その意思が途切れなかった。

偶然とは思えないこと


もう一つ、偶然とは思えないことがある。

前田家の東京の屋敷跡は、いま東京大学の本郷キャンパスや駒場の地につながっている。

江戸時代、知と文化を保存しようとした家の土地が、近代以降、日本を代表する学問の場になっている。もちろん歴史の結果にすぎないのかもしれない。

それでも、百工比照や尊経閣文庫に触れたあとでは、その偶然に不思議な連続性を感じてしまう。

展示を出たあとも、心は前田家展に残っていた


展覧会を出たあと、東博コレクション展にも立ち寄った。国宝や名品が並ぶ展示だったが、不思議なことに心はまだ前田家展に残っていた。

甲冑ではなく軍装図録に、名品ではなく百工比照に惹かれている自分がいた。

綱紀の「未来へ残す」という構想は、300年後の来館者にも、しっかり届いていたようである。

加賀百万石よりも大きな遺産


展覧会へ行く前、私にとって前田家とは「加賀百万石」の家だった。

しかし見終えた今は少し違う。

前田家とは、巨大な石高を誇った家ではなく、知識と文化を未来へ渡すことを使命としてきた家だったのではないか。

展示ケースの中に並んでいたのは、単なる古いモノではない。

そこにあったのは、400年にわたって受け継がれてきた「継承の意思」そのものだった。

そして、それこそが今回の展覧会で私が出会った最大の宝物だったように思う。



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