「ん」で終われない夜。noteでいま話題の「エッセイしりとり」が教えてくれた、言葉のバトンの心地よさ
最近、noteの急上昇ワードやタイムラインで見かけるようになった「#エッセイしりとり」。
前の人が書いた記事タイトルの最後の一文字を受け取り、その文字から始まるタイトルで新しいエッセイを紡ぐ。そして最後に「次に書いてほしい人」へバトンを繋ぐ——。
一見するとシンプルな遊びですが、これが今、noteの中で大きな盛り上がりを見せています。
なぜ私たちは、こんなにも「エッセイしりとり」に惹かれ、夜な夜な一文字目と格闘してしまうのでしょうか? 実際にタイムラインを眺めたり参加したりする中で見えてきた、その魅力を紐解いてみました。
1. 「一文字の制約」が、思いがけない記憶の扉を開ける
普段エッセイを書こうとするとき、一番悩むのは「何を書くか(テーマ)」です。 自由すぎると、かえって何を書けばいいのか分からなくなってしまうこともあります。
しかし、「しりとり」というルールは、強制的に頭文字を指定してきます。
「『り』から始まるタイトルか……『リンゴ』?『旅行』? いや、昔通っていた『理髪店のおじさん』の話にしようか」
こんな風に、指定された一文字があるおかげで、自分でも忘れていた引き出しがパカッと開く瞬間があります。自分一人では絶対に選ばなかったテーマと出会えること。これこそが、しりとりの持つ魔法です。
2. 「あなたに書いてほしい」という、ささやかなバトンの温かさ
この企画のもうひとつの魅力は、記事の最後で次の書き手を指名する「バトン通知」にあります。
SNSの通知欄に「〇〇さんからバトンが届きました」と表示されたときの、あの独特のくすぐったさと嬉しさ。
「自分の文章を読んでくれている人がいる」 「私に言葉を繋いでくれた」
効率やアルゴリズムが優先されがちなネットの海の中で、人から人へ手渡しでバトンが渡っていく感覚は、どこか懐かしく、とても温かい体験です。普段は読む専門だった人や、しばらく更新をお休みしていた人が「せっかくだから」と筆を執るきっかけにもなっています。
3. 「ん」がついたらどうしよう?というコミカルなスリル
しりとりといえば、最大の恐怖(そして醍醐味)は「ん」で終わること。
「エッセイしりとり」でも、タイトルが「ん」で終わってしまったらアウト(あるいは思わぬペナルティやネタ的なおいしい展開)というスリルが用意されていたりします。
推敲している最中に、「あ、このタイトル『〜の瞬間』だから『ん』で終わっちゃう!」と気づいて慌てて変えたり、あえて「ん」で終わらせて笑いを誘ったり。そんな大人の本気の遊び心が、タイムラインをより賑やかにしています。
おわりに:言葉でつながる、ひとつの大きな街のように
「エッセイしりとり」は、単なるバズ企画にとどまらず、「言葉を通じたゆるやかなコミュニティ」を作り出しています。
誰かが投げた言葉を拾い、自分の色を加えて次の人へ手渡す。 そうやって繋がった記事のチェーンを辿っていくと、まるで色とりどりの文章が並ぶひとつの大きな街を散歩しているような気分になります。
もしあなたの元に「バトン」が回ってきたら、ぜひ恐れずに受け取ってみてください。 最初の一文字が、きっとあなた自身も知らなかった素敵な物語へ案内してくれるはずです。
さて、この記事のタイトルは……「~心地よさ」。 次にバトンを受け取る方は、「さ」から始まる素敵なエッセイをよろしくお願いします!
