王家の書【共鳴編】 第86話 ノースリアの村
前回「紋章の謎」のあらすじ
アストリア家の紋章と、樹海の奥にある建物に刻まれた幾何学模様が同じだと知り、サイラスはノースリアとの関係を疑い始める。だが、その秘密をケイレブとオスカーに明かすべきか迷っていた。
そんな中、村で薬草と毒草を取り違える事故が起こる。薬草に詳しいケイレブは、二つの草が見分けにくいことを知り、驚きを隠せない。持ち歩いている薬草を確認するため、急いで家へ駆け戻る。
またサイラスたちは、オルンからロム馬が村の暮らしを支える大切な存在だと教わる。オルンの勧めで、トーランはルカにロム馬の乗り方を教えることに。ソノマ村には、束の間の穏やかな時間が流れていた。
更けゆく頃になって、ルカとトーランが戻ってきた。二人は肩を組み、仲の良い兄弟のように笑い合っている。
「じゃあ、また明日な!」
トーランは朗らかに手を振り、そのまま彼らの家をあとにした。
「おう!」
ルカも笑みを浮かべ、大きく手を振り返す。
「おれたち、もう親友なんだ。あいつ、本当にいい奴なんだよ」
エマは首を傾げていたが、サイラスたちは「まあ、そうなるだろう」と言いたげに視線を交わしていた。
慌ただしく戻ってきてからというもの、ケイレブは何通もの手紙をしたためていた。宛先は、ヴァルディアのリクだけではない。実家や知人に向けても、筆を走らせている。
意外にも、彼は筆まめだった。
旅先で見つけた珍しい食材や料理法は、欠かさず実家へ知らせている。それが、商売の役に立つと分かっているからだ。そして、誰よりも多く便りを送っている相手が、エルナだった。
「きっと……寂しいだろうからな」
ケイレブは、旅の出来事を細やかに綴っていく。今日はルカがどんな一日を過ごしたのか、道中で何を見つけ、何を食べ、どんなことを話したのかーー季節の挨拶というより、すでに日記だった。
旅人が行き交う街道には、書簡を預かる宿や商館が点在しており、商会の運び手によって大陸中へ届けられる。ケイレブはそのような場所へ立ち寄るたびに、何通もの手紙をまとめて託していた。
「これじゃあ、返事を書く前に次の手紙が届くな」
オスカーは呆れている。
しばらく同じ町に滞在するとわかっているときは、エルナからの返事が届くこともある。彼女からの手紙を、ケイレブが大切そうに手提げへしまう姿をサイラスは何度も目にしていた。
手紙を書き終えた頃を見計らい、サイラスは口を開いた。
「……薬草の件は、大丈夫だったのか」
「ああ」
ケイレブは頷く。
「持っていた薬草に、毒草は混じっていなかった。ヴァルディアでも、ロウル兄弟と薬草について話したが、そのような話が出たことはない。ロウル商会は各地との取引が多い。すぐに知らせないと」
深くため息をついた。
「病に伏した者に与えるものには、細心の注意を払わなければならない。身体を癒やすはずの薬草が、毒草であるなど……あってはならないからな」
薬草の知識こそ豊富だが、ケイレブはあくまで食材を扱う料理人である。薬草を自ら採取することはなく、信頼できる者から仕入れてきた。渡された薬草に誤りがあるなど、一度も疑ったことはなかったのだろう。
エマとルカが寝息を立て始めると、サイラスは二人へ視線を向けた。
「二人に伝えたいことがある。……今まで、話さずにいたことだ」
くつろいでいたケイレブとオスカーの表情が、わずかに引き締まる。
「話すべきか、ずっと迷っていた。しかし……二人は知っておくべきだ」
二人を見つめながら続けた。
「……ツールで出会った『造られし者』の真の名を、ノースリアという。その名を、エルデンの城主から聞いた。それに、この旅を続けるなかでわかったことだが、アヌシー王国とノースリアとの間には、何らかのつながりがある」
サイラスは自らの剣を鞘から少しだけ抜くと、鍔に刻まれた紋章を二人へ向ける。
「この紋章を見てほしい」
ケイレブが身を乗り出す。
「水と書物の紋様か」
サイラスは頷いた。
「これは、我が国の成り立ちを表している」
「ああ。アヌシーは知の国として知られているし、ウール川は国の命ともいえる存在だからな」
ケイレブの言葉に、サイラスも頷く。
「だが、見てほしいのはここだ」
金環の周りの模様を指差した。
「この金環を囲む幾何学模様……この模様こそが、ノースリアを表しているらしい」
「らしい?」
オスカーが眉をひそめる。
「青の一族のラゲルから聞いた。旅に出るまで、私はノースリアという存在すら知らなかった。ましてこの紋章に、そのような存在が刻まれているなど……考えもしなかった」
オスカーは腕を組み、納得のいかない様子で問い返す。
「なら、どうしてラゲルは、お前も知らないことを知っている?」
(……王家に関わる秘事だ。しかし、この二人であればーー)
サイラスはしばらく口を閉ざしていたが、二人を見つめると答えた。
「青の一族と白の一族は……もとをたどれば、アヌシー王国に連なる一族だ」
ケイレブとオスカーは、思わず互いの顔を見合わせた。
「青と白の一族が、謎めいていることは知っていたが……」
「……そうだな」
二人は旅の途中で、さまざまなことを耳にしているようだった。サイラスが共鳴士であると明かしたときも、その存在自体には驚いていなかった。それでも、青と白の一族がアヌシー王国に連なる一族だと知り、二人は驚きを隠せない。
「ラゲルは言っていた。青と白の一族はノースリアの存在をよしとせず、袂を分かったと。……だとすれば、いまも、アヌシー王国はノースリアと深くつながっているということになる」
サイラスは、母から聞いた昔話、コハルが語った物語、マグナスとのつながりについても包み隠さず話した。
「……父も母もノースリアを知っている。あえて、その存在を隠している」
ケイレブはしばらく黙っていたが、やがて口を開いた。
「隠しているのではなく、今は明かせないのかもしれない。サイラスが王となるその時に、初めて語られる秘密なのだろう」
ケイレブの言葉に頷いたオスカーは、思い出したように言った。
「そういえば、トーランが言ってたな。その模様が、樹海の奥深くにある建物の壁に刻まれていると」
「ああ。だから確かめたい。その建物が何なのかを」
サイラスは考え込むように視線を落とし、慎重に言葉を重ねる。
「……我らは、同じことを繰り返そうとしているのではないか。あのときも、マグナス、ヨムト、レイジンを少しも疑わなかった。とくに、ヨムトは、見た目は子どもだったからな」
ケイレブとオスカーの表情が曇った。
「アシャたちも……ノースリアである可能性があるということか」
「アシャが森の外れまでたどり着いたのは、奇跡だと思っていた。それは……本当に、奇跡だったのか?」
オスカーも低く言う。
「それを言うなら、ソノマ族も同じだ。こんな森の奥深くで暮らしている部族だ。ノースリアが紛れ込んでいるというより、村の者すべてがノースリアということもありえるんじゃないか」
ノースリアの村。
もし、オスカーの推測が正しければーー。
三人は無言のまま視線を交わした。
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続きは9月13日(日)のお昼頃投稿予定です。
これまでのまとめです。
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第1話〜第60話までのあらすじ
第61話〜第70話までのあらすじ
第71話〜第80話までのあらすじ
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