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馬が教えてくれる「セカンドライフ」の意味~競争社会を生きる私たちへの、静かで深いメッセージ~

年間約6000頭もの馬が競走生活から引退していく事実を、私たちはどれほど知っているだろうか。片野ゆかさんの『セカンドキャリア 引退競走馬をめぐる旅』を読み終えて、私は自分の無知を恥じるとともに、この本が単なる馬の話ではないことを強く感じている。これは、現代社会を生きる私たち人間への、深くて優しいメッセージなのだ。

著者は「馬は好感度は高いが遠い動物」と述べているが、まさにその通りだった。競馬中継で颯爽と駆け抜ける馬たちの姿は美しく、応援したくもなる。しかし、レースが終わった後のことを考えたことがあっただろうか。引退した馬たちがどこで何をしているのか、私は一度も想像したことがなかった。

この本を読んで最も印象深かったのは、引退したばかりの競走馬たちの心の状態である。著者が取材したディープインパクトの産駒三兄弟は、当初足の怪我をしていて、人を噛み、蹴ろうとし、放牧場でも体を横揺れさせ続けていたという。これは競争の世界で闘争心をあおられ、消耗し、傷ついた馬たちの心の傷の現れなのだ。

この描写を読んだとき、私は現代社会で働く人々の姿を重ね合わせずにはいられなかった。激しい競争の中で疲弊し、常に緊張状態にあり、他者への警戒心を手放せない──そんな状態の人が、果たしてどれほどいるだろうか。馬たちの「引退直後の状態」は、私たち人間の「現在進行形の状態」と驚くほど似ている。

しかし、この本の真の価値は問題提起にとどまらない。丁寧なケアによって馬たちが回復していく過程、そして新しい役割を見つけて輝いていく姿が描かれているのだ。トレーナーたちは観察し、名前を呼びかけ、信頼関係を築いていく。そうして馬たちは人を乗せられるようになり、セラピーホースとして人々を癒す存在へと変貌していく。

特に心を打たれたのは、著者が共同馬主になったラッキーハンターとの関係性だ。2回目に会ったときには2回目の親しさ、3回目に会ったときには3回目の親しさで接してくれる馬の記憶力と感受性。これは、急速で表面的な関係性が主流となった現代社会で、私たちが失いつつある「関係を育む」ことの大切さを思い出させてくれる。

著者が馬を「心の温泉」と表現したのも印象的だった。犬の元気さ、猫の野生的な魅力とは異なる、馬特有の「じわじわと温まっていく感じ」。この癒し効果は、効率や速度を重視する現代社会において、私たちが求めているものそのものではないだろうか。

本書で紹介されているホースセラピーの事例も興味深い。児童発達支援の現場で働くスタッフたちが、支援を提供する一方で、馬たちからケアを受けているという循環。これは理想的な職場環境のあり方を示唆している。ケアする者もケアされる必要があり、そのケアは必ずしも人間同士である必要はない。

馬ふん堆肥でマッシュルームを栽培するジオファーム八幡平の取り組みも素晴らしい。引退した馬たちが、生きているだけで価値を生み出している。これは高齢化社会における「生産性」の概念を根本から見直すヒントになるだろう。人間社会でも、現役時代とは異なる形での貢献があることを教えてくれる。

著者が指摘する「動物の立場が変わることは人間社会の変化を反映している」という視点は重要だ。動物を社会の底辺と位置づけ、その動物たちの処遇を改善することが、結果的に人間社会全体の底上げにつながるという考え方。これは単なる理想論ではなく、実際に犬猫の殺処分数激減という形で実現してきた歴史がある。

引退競走馬の問題は、実は私たち人間の「セカンドキャリア」「セカンドライフ」の問題でもある。競争社会で培った闘争心や緊張感を手放し、新しい役割や価値を見つけていく過程。それは現役時代とは異なる形の豊かさを発見する旅でもある。

馬たちが教えてくれるのは、競争から降りることは負けることではない、ということだ。むしろ、競争の消耗から回復し、新しい形で社会に貢献し、人々を癒し、自分自身も癒されるという、より深い生き方があることを示している。

この本を読んで、私は「効率性」や「生産性」とは異なる価値観について考えさせられた。ラッキーハンターのような引退馬たちは、もはや速く走ることはできない。しかし、存在するだけで人を癒し、関係性を育み、新しい価値を生み出している。これは人間の高齢化社会における新しいモデルケースなのかもしれない。

最終的に、この本が私たちに投げかけているのは、「本当の豊かさとは何か」という問いだろう。競争に勝つことが全てではない。立ち止まり、関係性を育み、ケアし合い、存在そのものに価値を見出すこと。引退競走馬たちの第二の人生は、私たち人間の生き方にとって、静かで深い示唆に満ちている。

片野ゆかさんの4年間にわたる丁寧な取材は、馬を通して現代社会の問題と希望の両方を照らし出している。「社会は変えられる」という著者の確信は、犬猫の世界で実現してきた変化への確固たる信念に基づいている。引退競走馬をめぐる状況の改善は、私たち人間社会の成熟度を測るバロメーターでもあるのだ。


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Miyan Style 1965(みやん) 私は「音楽で未来をつくる人を育てたい」という夢を追い続けています。いただいた応援は、若手音楽家の支援と響の家の活動資金として大切に使わせていただきます。