スポーツを終えて、私はスポーツを学び始めた|なぜ私は、あんなに辛かったのに続けたんだろう
「なぜ大学院に進んだのか」
そう聞かれると、一つの理由だけではうまく答えられません。
選手として競技を長く続けたこと。
アンダーカテゴリーの指導をしたこと。
クラブスタッフとしてスポーツに関わったこと。
立場が変わるたびに、スポーツに対して考えることも、もっと知りたいと思うことも増えていきました。
その始まりにあったのは、とても個人的な問いでした。
「私は、なぜあんなに辛かったバレーボールを続けてきたんだろう」
苦しかった。
何度も辞めたいと思った。
それなのに辞めなかった。
そして、引退した今は「続けてきてよかった」と思っている。
この矛盾を、私はうまく説明できませんでした。
その説明できない何かの中に、自分がスポーツから受け取ったものや、スポーツの魅力、価値のようなものがあるのではないか。
それを確かめたい。
そこから始まった問いは、指導者、クラブスタッフと立場が変わる中で、自分自身から他者へ、そして人と環境の関係へと広がっていきました。
第1回 なぜ私は、あんなに辛かったのに続けたんだろう
自分の中に確かに残っているものを、確かめたかった。
この記事は、「スポーツを終えて、私はスポーツを学び始めた」という全3回の連載です。
選手、指導者、クラブスタッフ。それぞれの立場で感じたことを辿りながら、私が大学院で学びたいと思うようになった理由を書いていきます。
各記事は1本500円でお読みいただけます。
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https://note.com/miyasato_8/m/m45852ccdb190
1.辞める理由なら、いくらでもあった
私は、高校でバレーボールを辞めるつもりでした。
本当は管理栄養士になりたくて、短大への進学も決めていました。
競技一本で人生を考えていたわけではありません。私の中で、バレーボールはいつか辞めるものだったからです。
でも、バレーボールを続けられる道が拓けた。
管理栄養士になることは、この先でもできるかもしれない。
でも、この環境でバレーボールに挑戦できるのは今しかない。
そう考えて、バレーを選びました。
その後、大学、社会人と競技を続け、社会人になってからだけでも9年間プレーを続けました。
でも、「ずっとバレーを続けたい」と思っていたわけではありません。
特にキャリアの序盤は、毎年のように辞めたいと思っていました。
辛いことも多かった。
バレーボールを心から「好き」と思えない時期も長かった。
辞める理由なら、いくらでもありました。
それでも私は、辞めませんでした。
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スポーツを終えて、私はスポーツを学び始めた
この記事は、全3回の連載です。 選手、指導者、クラブスタッフ。それぞれの立場で感じたことを辿りながら、私が大学院で学びたいと思うようになっ…
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