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スポーツを終えて、私はスポーツを学び始めた|なぜ私は、あんなに辛かったのに続けたんだろう

「なぜ大学院に進んだのか」

そう聞かれると、一つの理由だけではうまく答えられません。

選手として競技を長く続けたこと。
アンダーカテゴリーの指導をしたこと。
クラブスタッフとしてスポーツに関わったこと。

立場が変わるたびに、スポーツに対して考えることも、もっと知りたいと思うことも増えていきました。

その始まりにあったのは、とても個人的な問いでした。

「私は、なぜあんなに辛かったバレーボールを続けてきたんだろう」

苦しかった。
何度も辞めたいと思った。
それなのに辞めなかった。

そして、引退した今は「続けてきてよかった」と思っている。

この矛盾を、私はうまく説明できませんでした。

その説明できない何かの中に、自分がスポーツから受け取ったものや、スポーツの魅力、価値のようなものがあるのではないか。

それを確かめたい。

そこから始まった問いは、指導者、クラブスタッフと立場が変わる中で、自分自身から他者へ、そして人と環境の関係へと広がっていきました。


第1回 なぜ私は、あんなに辛かったのに続けたんだろう

自分の中に確かに残っているものを、確かめたかった。


この記事は、「スポーツを終えて、私はスポーツを学び始めた」という全3回の連載です。

選手、指導者、クラブスタッフ。それぞれの立場で感じたことを辿りながら、私が大学院で学びたいと思うようになった理由を書いていきます。

各記事は1本500円でお読みいただけます。

3本すべてお読みいただく場合は、全3回をまとめた有料マガジンを1,200円でご購入いただけます(単品で3本購入する場合は合計1,500円)。

第2回、第3回は公開後に順次マガジンへ追加します。先にマガジンをご購入いただいた方は、追加料金なく続きもお読みいただけます。

▼全3回をまとめて読む(1,200円)
https://note.com/miyasato_8/m/m45852ccdb190


1.辞める理由なら、いくらでもあった

私は、高校でバレーボールを辞めるつもりでした。

本当は管理栄養士になりたくて、短大への進学も決めていました。

競技一本で人生を考えていたわけではありません。私の中で、バレーボールはいつか辞めるものだったからです。

でも、バレーボールを続けられる道が拓けた。

管理栄養士になることは、この先でもできるかもしれない。
でも、この環境でバレーボールに挑戦できるのは今しかない。

そう考えて、バレーを選びました。

その後、大学、社会人と競技を続け、社会人になってからだけでも9年間プレーを続けました。

でも、「ずっとバレーを続けたい」と思っていたわけではありません。

特にキャリアの序盤は、毎年のように辞めたいと思っていました。

辛いことも多かった。
バレーボールを心から「好き」と思えない時期も長かった。

辞める理由なら、いくらでもありました。

それでも私は、辞めませんでした。

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この記事は、全3回の連載です。 選手、指導者、クラブスタッフ。それぞれの立場で感じたことを辿りながら、私が大学院で学びたいと思うようになっ…

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