『実写映画『秒速5センチメートル』(2025)の感想/まとめ』──射精・宇宙・大人
オデ、人間、キライ。人間、ワルク、ココロ、良くない。
ビョウソク、に感じる病的な、なるしずむ。
ここ数日は友達の結婚式に出席していたのもあってnoteを書くのがストップしてしまった。友達の結婚式でストップするというのは幸せなことである。俺には社会関係資産があり、そのためにくだらない趣味と文化的地がため(雪かきほど軽やかではない)をストップさせるだけの余裕があるのだ。俺は沈む心。しかし世界の濃度を超えず。ゆえに浮き立つ暮らし!
実写映画『秒速5センチメートル』(2025)の感想
すでに書いた思考の続き。
まず、参考文献として挙げられるのが以下の動画。
もっとも左の眼鏡の男性(野津圭一郎というライター?)の意見で面白かったのが、『秒速』の高校生・種子島編(アニメ・実写)共通エピソードとしての澄田花苗の涙ながらの告白の背景で打ち上げられるロケットは、彼女の好意を知っていながら素知らぬ顔を続けてきた(そして昏い欲求を満たしていた)主人公遠野貴樹の「射精」とメタファーだという解釈である。
アニメ→実写と生々しさが増すことで遠野貴樹の「いけ好かなさ」が明らかになっていたのだが、そのことを露悪的に象徴させるシーンを原作白眉の盛り上がりに重ねるところが良い。
上記の動画でドラマ評論家の成馬零一が同じ指摘(ロケット打ち上げ=射精)と話しているのだが、これは単に成馬氏が先の動画を見たよ、という話ではなく、フロイトを弾くまでもなくなんとなくわかるいけ好かなさとその効用、についての解釈がシンクロした結果だと俺は思うのだ。
(オデ、こうしてコワレタ文章も書く。コワレが足りない)
また、上記のplanetsの動画で面白かったのは、オタクアナウンサーを自称するニッポン放送の吉田尚記(よっぴー)が、指摘した「貴樹、宇宙好きエアプじゃねえか」問題と、これはだれが最初に発したのかは定かではない(
基本的には成馬氏の感想を発端としている)「貴樹は恋愛と同時に仕事(自己実現)でも挫折しており、過去の恋愛への執着はその代償行為でもある」問題である。
前者については、たとえば『宇宙が好きと話す割に物語の中心は「宇宙に残す言葉」』(これは実写版オリジナル要素)、『宇宙が単に遠いロマンの象徴であり、具体的に”ある”現実のものとして共有されていない』といった点が挙げられる。またこの議題について、近年ドラマなどでも「ロマンの象徴としての宇宙が道具立てとして同情させられやすい」と成馬氏が指摘しているのも面白い所だ。
後者については、「そもそもなんで貴樹は昔の恋愛に執着してるからって仕事をやめたんだ??」と疑問に思っていた俺にとっては青天の霹靂で、貴樹はそもそも独りよがりで自分が大好き、だからこそ自分に都合のいい思い出の中の明里に執着してしまう人間であり、そのため、「挫折した自分」から目をそらすために思い出にすがっているという解釈が非常に得心が言ったのだった。
そして、この作品(実写版『秒速』)を作ったチームはそのことをちゃんとわかっていて、だからこそ、輿水美鳥(澄田花苗の姉)や大人貴樹の彼女たる水野に、「大事なことは笑いながら言っちゃだめだよ」(澄田)、「好きじゃないけど、楽だから付き合ってるんでしょ」(水野)と説教させるのだ。
ただ、その説教が俺には大人になって仕事も喧嘩も恋愛も衝突も一通り経験した自認がある30前後の「オトナ」が、高校生の童貞が歌う『SKOOL KILL』(銀杏ボーイズ)に、そんなこと言っても絶対振り向いてくれないから、と香ばしそうに見ているような大二病の産(業廃棄)物に思える。
だからイライラするんだ。

