気配りしてもらえたから溶け込めた
小2になる前の春休みに、引っ越しをした。
引っ越しとはいっても、同じ市内でほんの2キロ足らずの移動だ。だけど、学区が変わるため転校しなくてはならなかった。
うちの地元の自治体の小学校は、その当時クラス替えが2年ごとだった。
私は2年生で転入したので、すでにできあがっているクラスに途中加入する形となる。
新しい学校は生徒数が県内で一番多く、教室が足りずにプレハブの教室が建っている程だった。私が入る事になった2年4組はプレハブではなく、離れの校舎だった。
担任の先生は、親と同じくらいの歳の男の先生で優しそうな人だった。
先生と教室まで行き、みんなの前に立った。
私は引っ込み思案でおとなしい子供だった。先生に紹介された後にする挨拶もしどろもどろだったと思う。これは、あまり記憶に残っていない。
すでにできあがったクラスに1人で入っていくのは難しい。明るくて、グイグイいける子は大丈夫だろうが、私は真逆の子供だ。ちゃんとなじんで、友達もできるのだろうか。不安でたまらない。
でも、私の心配は杞憂に終わった。
まず、クラスのみんなはいい人が多かった。意地悪する子はいなかった。女の子達も優しかった。
それに、担任の先生が細かく気配りをしてくれた。ポツンにならないように、絶妙な席に座らせてくれた。クラスの中心で面倒見がいい子のそばに。それが縁なのか、その子とは中1までずっと同じクラスになった。
ただ、算数の勉強では少し苦労した。
学校によって、少し進み方が違っていたのだ。新しい学校の方が少し進んでいて、計算問題の解き方もちょっと違っていたからだ。
しばらくの間、算数には苦労させられた。でも、先生が親身にさりげなく心配りして下さったので、いつのまにか他の子に追いつけた。
先生は優しくて、面白くて、マメな先生だった。だから、学校に行くのが楽しかった。
時にはお楽しみ会があったり。
クラスの子、1人ずつと一緒に写真を撮ってくれたり。
雪が積もったら、授業を潰して遊ばせてくれたり。
マラソンの練習で外に出た時、近くのお店でクラスの子みんなに先生からご褒美が貰えたり。
先生は2人乗りできるバイクで通勤されていたけど、帰り掛けに少しだけ乗せてくれたり。
当時、私の母は親戚のお店を手伝うために夜いなかった。そんな私を気遣って、先生は度々声を掛けてくれた。
本当に楽しいクラスだった。私はクラスの友達も先生も大好きだった。
そんなに楽しかったのに、新しい学年になる時、また学校を変わらなければならなくなった。
生徒数が多過ぎたので、新しく小学校が新設される事になったからだ。私の家がある地区は新設校の学区になっていた。
新しい学校に行く事は楽しみではあったけれど、クラスの友達や先生と離れるのは悲しかった。
3月になり、お別れ遠足があった。近くの運動公園まで歩いて行った。そこでも先生は、1人ずつ一緒に写真を撮ってくれた。
お別れ文集には、1人ずつ似顔絵を描いてくれた。
本当に生徒思いの先生だった。
今の先生方みたいに忙しくなかったのかもしれないけれど、先生は本当によくして下さった。
できあがった状態のクラスに途中加入しても、みんなと馴染めたのは先生のおかげだと思う。
あれからお会いしていないけど、先生はお元気だろうか。訃報は見ていないので、お元気だったらいいなと思う。
「先生、2年4組での楽しい思い出をありがとうございました。とても、とても楽しかったです。東村山音頭の替え歌で作った、学級の歌は忘れません。」
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