遅れてきた反抗期
私には思春期の頃には大した反抗期は来なかった。
友達からはたまに親に対する不満とかを聞いていたけど、私はその話に理解できるようでできない所もあった。
女の子は特に父親に対して嫌悪感を持ってしまうもの。
だけど、私はそこまで嫌だとは思わなかったし、仲は良かったと思う。
高校の頃は、母が日曜日にパートに行く事もあったので、そんな時は父と買い物に行き、私がごはんを作ったりした。
それ以前に、父から怒られた記憶というものもあまり無い。
父は、温厚で歴史が好きで、面白い事を言う事が好きな人だ。私の母は、私が小さい頃から「結婚するなら、お父さんのような人がいい。」とずっと言っていた。私には、その意味が分からなかった。けれど、今なら理解できる。平凡だけど、温厚で気遣いができる。そんな人がパートナーなら安心して暮らせるだろう。
私が高校生の間までは、門限など割と厳しめだった。
小学生の時は5時になったら帰る。
中学生の時は6時には帰る(部活や塾は除く)
高校生の時ですらも7時には帰る
友達とのお泊りはどうしてもの時以外は基本禁止(2回しかした事無い)
高校ともなると、他の友達は遅くまで遊んだりする。そんな中、私は先に帰る。友達がお泊り会する時も、私は帰る。
別にちょっとくらい遊んで遅くなったり、泊ってもいいじゃん!
そう思った。だけど、言えなかった。
言う勇気が無かったし、心配して言っているのは分かっていたから。
高校を卒業後は進学せずに就職した。専門学校とか行きたいと思ったけれど、下に弟がいたからだ。弟は私が行きたかった高校に行っていて、そこは進学校だった。
我が家はそんなに裕福な家ではなかったので、2人は進学できなかった。私が通った学校は進学校ではなかった。実はそこまで勉強も好きではなかったし、やりたい事も夢もなかった。
だから、とりあえず就職した。
就職後は門限のようなものもなくなった。
会社の帰りに、友達とごはんを食べたり、ショッピングして帰ったりもするようになった。
そんな18歳の夏真っ盛りの頃。
家が近い友人達と飲みに行く事になった。(注:未成年という事は分かっている。当時はその辺の所はかなり緩かったし、もう時効という事で読んで欲しいと思う)
久しぶりに合う友達。みんな就職していて、ちょっと大人の顔になっている。
おしゃべりして、ごはんを食べて、お酒を飲む。
2件目に行き、カラオケも歌う。
お酒と言っても、今の私とは違って薄めのチューハイや軽めのカクテルばかりだ。それでも、気心の知れた友達と飲むお酒はおいしく、おしゃべりは楽しい。
そんな楽しい時間は、過ぎるのも早い。あっという間に日付が変わってしまった。そろそろ帰ろうかとなり、家に帰ると。
なんと、親は起きて待っていた。
いきなりの日付跨ぎをする娘が心配でたまらなかったのだろう。当時は携帯電話も無い。
恐る恐る家に入ると、さすがにちょっと怒られた。
でも、私はもう働いて自立している。今まで門限だって守ってきた。いつまでもごちゃごちゃ言われたくなんてなかった。
私はバツが悪かったけど、無言で部屋に戻った。
翌日は日曜日で、どこにも行く予定はなかった。けれど、別の友達がみんなで遊ぼうと電話を掛けてきた。家にはいたくなかったので、遊びに行く事にした。
その日から、ついにやって来た。
遅れてきた反抗期が。
私は父と口を利かなくなってしまった。なんとなく、父は寂しそうにしていたけど知ったものか。
そんな日が1か月ほど続いたある日、母が私に言った。
「あんたねぇ。いつまで続ける気?お父さん、辛そうだよ。」
私だって分かっている。悪いのは私だ。ただ、私はちょっと遊びたかっただけなのだ。
母に諭されたからといって、すぐに元通りになった訳ではなかった。でも、いつの間にか知らない間に元に戻っていった。
私に遅れてやって来た2か月足らずの反抗期。今でも父には悪い事をしたなとは思うけれど、反抗期は成長の過程の1つだ。だから、仕方ないと思う。
ちなみに、帰宅時間についてはあれからは何も言われる事は無くなった。
それをいい事に、夜遊びをする時には12時を回る頃に公衆電話で「今から帰る」と一応電話をし、深夜2時を過ぎて帰宅する様な娘になってしまった。
たまに12時頃帰ると、「あんた、今日早かったねぇ」と言われるほどに。
まぁ、今は深夜2時近くまで起きておける元気も無いし、なにより真面目な奥様として暮らしているので若気の至りとして大目に見てもらえたら幸いだ。
今日も最後まで読んで下さってありがとうございます♪
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