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いちばんはじめての記憶

みゆです。

私は、勉強や仕事にはまったく役に立たない事に関しては、記憶力がいい方だと思っています。どうでもいい事ばかり覚えています。でも、おかげでこうやってnoteの記事が書けるので、良かった事でもあると思います。

そんな私の記憶をたどっていくと、一番はじめての記憶は2歳半の頃です。

その頃、私は大阪市の港区に住んでいました。
ネットで場所なんかを調べてみると、下町みたいですね。少し歩くと海が見える所みたいです。

私の2つ下に弟がいます。私は早生まれなので、学年でいくと3つ違いますけど。
はじめての記憶は、この弟が産まれた時に、父と病院にお見舞いに行くために駅のホームで電車を待っている所です。ベンチに座っていて、私は白いワンピースを着て、髪をふたつに結んでいるんです。7月なので、暑い夏の日。横に座っているのは、まだ若い父。
そんな様子が思い浮かびます。

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大阪に住んでいた頃の事をいくつか覚えているので、記録がてら書いてみようと思います。

よく晴れた冬の午前中。柔らかいおひさまの日差しが降り注ぐなか、窓を開けて母が掃除をしています。その日差しのなかを舞うホコリ。そのホコリを見て私は言うのです。
「きらきらしていて、雪が降っているみたい。」
なかなか、風流なお子ですねw


ある時は、ひとりで駄菓子屋さんにおやつを買いに行ってたみたいです。今なら考えられませんが、昔の話ですからね。

初めてのおつかいみたいな感じですね。後ろから母がついてきていたみたいですけど。
昔の駄菓子屋さんです。店先には大きな瓶や扉の付いた平置きのケースが置いてあり、中には駄菓子が入っているのです。
さすがに、何を買ったかまでは覚えていませんけどね。
母が言うには、私は車に轢かれない様にブロック塀の際を蟹さんの様に横歩きしていたらしいです。


家の近くには、海沿いに工場がたくさん建っていました。
夕方、私と父は散歩していました。そこには工場の煙突や、丸くて大きなタンクがあったのを記憶しています。
太陽が落ち掛けた夕日のなか、車もあまり通らない広い道路を父と手を繋いで歩いています。
おそらく、日曜日だったのでしょうね。なんとなく、覚えています。

後はね、国際見本市の跡地のそばの道路を、これまた父と歩いている所。
買い物して、2人で歩いて帰っているところ。たしか、広い広い道路で車がたくさん走っていて。歩道もそこそこ広かったんじゃないかな。
買い物したものは、うちで長いこと電話台として使っていた棚みたいな小家具。棚の支柱が気泡の入った透明のプラスチックみたいなやつ。その透明な支柱が太陽の日差しできらきらしていた記憶があります。

最後にもう一つ。 
当時住んでいた所。団地みたいな建物の集合住宅。そこの階段から落ちたんですよ。
それも、何回も。なんか覚えています。あーって感じで。やっぱり痛いし。 
ほんと、無事でなによりですよね。
この時受けた衝撃が今の私にどう転んだのか、ですね。いい方に転んだのか、はたまた逆なのか。


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これは、私は覚えていない話なんですけど。

まだ、1歳とか2歳の頃の話。
母とスーパーに買い物に行ってたらね。お会計の時ちょっと目を離したすきに、私を連れ去ろうとした人がいたそうなんです。
すぐに母が気づいて、事なきを得たらしいのですけど。なんでも、私がかわいかったからっていう冗談の様な話なんです。

でも、危なかったですよね。無事だったのは神様やご先祖様に守られていたのでしょうね。
だてに仏眼相や神秘十字が両手にあるんじゃないのですねー。
ちなみに何回か危険な目にあっているけど、無事だったのは、これらのおかげかなって思います。

私の小さな頃の記憶の話。
皆さんも、小さな頃の事を覚えていますか?


今日も最後まで読んで下さってありがとうございます♪


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