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パリの優しい思い出

今から10年ほど前、付き合って1年くらいになる彼と、お互いの休みを合わせてパリに行った。

憧れのパリは想像していた通り、おしゃれで華やか。石造りの建物が並ぶ美しい街並みにヨーロッパらしい街灯、シンプルだけどかわいらしいショーウィンドウ、バゲットを片手に歩く人。どこを切り取っても絵になる素敵な街で、「私は今パリにいるんだ!」と考えるだけで幸せな気持ちになった。シャンゼリゼ通りを歩いている時なんて、まるで映画の主人公にでもなったような気分だった。(当然あの歌も歌った)

とは言え、私にとっては初めてのヨーロッパ。異性と行く初めての長期旅行で、楽しい気持ちはもちろんあるけれど、内心は緊張していたのだと思う。

エッフェル塔や凱旋門、モンマルトルにモンサンミッシェルと、王道の観光スポットを順調に見て回り、旅も終盤に差し掛かってきた4日目の夜、私は体調を崩した。

深夜、突然の腹痛と吐き気で目が覚めたのだ。なんだか寒気もして、念のためと持って来ていた体温計で熱を測ると38度を超えていた。気持ち悪くて苦しくて涙が止まらない。もうパリなんてどうでもいい。日本に帰りたい。昼間、呑気に「お~シャンゼリゼ~♪」なんて歌っていた自分に腹が立った。

自宅ですら具合が悪い時は不安で心細いものなのに、海外でなんてなおさらである。「このまま熱が下がらなかったらどうしよう、病院に行くべき?救急車って何番だろう…てか電話ってどうやってかければいいの?」と私の頭は不安でいっぱいだった。彼はそんな私に何度も「大丈夫、絶対に良くなるよ」と言い、時折背中をさすったり、手を握ったりしながら、一晩中看病してくれた。


翌日。前日の夜に比べれば少し良くなっていたので、病院には行かず、ホテルで安静に過ごすことにした。

彼は私の看病をしつつ、朝と夕方にホテル近くのお店で食べ物と飲み物を買ってきてくれた。英語が苦手な彼にとってはかなり酷なチャレンジだったと思う。おそらく商品を指差して「ディス!ディス!センキュー!」とか言いながら買い物してくれたんじゃないかな。その必死な姿を想像するだけで目頭が熱くなる。この時に食したカットメロンとオレンジジュースの美味しさは今でも忘れられない。

その日の夜にはほとんど体調は回復したが、今度はそれと引き換えに、彼への申し訳ない気持ちが私を襲うようになった。彼は何週間も前から綿密な計画を立ててくれていたし、その日も本当は行きたいところ、食べたいものがたくさんあったはず。それなのに、私の看病で1日を無駄にさせてしまった。2人での初めての海外旅行が台無しだ。彼に迷惑をかけてしまったことが申し訳なくて、不甲斐なくて、私は何度も何度も謝った。

そんな私に彼は「大丈夫、俺は今日も楽しかったよ!スーパーに行く途中にちょっと観光してきたし」と街中で撮った写真を何枚か見せてくれた。きっと私が気にしていると思って、あえて街並みの写真を撮ってきてくれたのだろう。異国の地で心細くなっていた私の心に、彼の優しさがじんわり染みた。


さらに翌日。あっという間に旅行最終日となった。彼の懸命な看病の甲斐あって、ほぼほぼ回復した私は、朝一番、彼に「もう大丈夫そう、ありがとう」と声をかけた。すると、彼は「無事でよかった」と一筋の涙を流した。

彼はそれまで、あまり自分の意見を主張してこなかったし、感情的になることはほとんどなかった。だが、たしかに彼の目には涙が浮かんでいた。彼が泣いているのを見たのはその時が初めてで、その涙から、彼がすごく心配してくれていたこと、内心は不安で仕方がなかったこと、私が元気になるのを願ってくれていたことが伝わり、私は胸がいっぱいになった。それと同時に「家族以外でこんなに私を大切にしてくれる人はいない」と思った。

今でもこの時のことを思い出すと、申し訳ない気持ちと辛かった記憶が蘇り、心がきゅっと苦しくなる。だけど、この出来事は私が彼をより好きになったきっかけのひとつだから、忘れたくはない、大切な思い出でもある。


それから数年後、夫婦になった私たちは、再びパリの街を訪れた。相変わらずおしゃれで華やかで、だけど以前来た時よりも、なんだかあたたかい感じがした。



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