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2018.04.28_1 成都(寛窄巷子〈1〉)

2018年4月28日 寛窄巷子〈1〉

四時に眼が覚めた。外は未だ暗い。
喉が渇いたが水がないのでコンビニエンス・ストアへ。珈琲と水を買う。コンビニエンス・ストア横の路地裏の奥に明るい一角がある。行ってみると暗い看板に開心包子王とある。

開心包子王。

朝食用に饅頭を三個購入。15元(285円)。
部屋に戻り、この万頭で朝食は終わり。スターバックスの甘い珈琲が意外に合う。六時になるも未だ暗い。

小籠包のようだが饅頭。

昨日の寛搾巷子は人混みを見に行ったようなものだったので、今朝は早めに再訪する。そろそろ慣れてきた地下鉄で通恵門へ。
八時を少し回ったところ、下同仁路で高校生の一団とすれ違う。

高校生の一団。

窄巷子

再訪して正解。先ずは 窄巷子から……

人のいない朝の窄巷子。

昨日は建物の一つ一つまでに気が回らず、人の波にもまれて通り過ぎただけの窄巷子、巷子の空気を楽しむなら早朝がベスト。

石畳が濡れているように見えるが雨は降っていない。
皮製品を売る店の看板。

入り口の上に「瓦尓登」の文字が見えるが Walden を漢字表記したもの。
Walden はアメリカの思想家で詩人のヘンリー・デイヴィッド・ソロー “Henry David Thoreau” が1854年に出版した著書のタイトル、および彼が約二年間の隠遁生活を送った米国マサチューセッツ州にある湖の名前。

「瓦尓登」の文字が見える入り口。

ここは清の康煕帝の時代に満蒙八旗とその家族達が暮らす一角だったことは既に書いた。彼らは出かけるときに馬に乗る習慣があったために、家の前に「拴馬石」と呼ぶ馬繋ぎを設けていた。

拴馬石に繋がれた馬の像。

窄巷子にある「小洋楼」は屋根が中国式、建物が西洋式の中国と西洋の折衷建築物。

小洋楼の門。

この建物にまつわる話として『1930年代、王という軍人がこの洋館を購入し、数年後、抗日戦線に参加するために四川を出る。妻子はこの建物で夫の帰りを待つが、夫は帰らぬ人となってしまう』という秘話が残っている。
成都の若者達の多くがここで結婚式の記念写真を撮るのは、こんな秘話に惹かれてのことなのだろう。門の左にある蓄音機のレリーフは王氏とその夫人の思い出につながるものか。門の右には王氏とその夫人と思われる姿がある。

門の左右に掘られたレリーフ。
小洋楼。

寛窄巷子の古い建物は灰白色のレンガを積んでいるものが多い。

朝日を受けるレンガ屋。
開店前のスターバックス。

門の上の真鍮の看板は光っていて見えないが「大妙」と書かれている、ここは火鍋屋。

火鍋屋「大妙」。

門の奥に火鍋を並べて飾ってある。ここは名の知れた火鍋屋らしいが成都滞在中に利用する機会はなかった。

火鍋のディスプレイ。

窄巷子の東の外れ、中華料理店「三块砖(三塊磚)」の前で他県から来た中国人観光者の集合写真を撮ってあげようと申し出たら、お前も入れと引っ張り込まれてしまった。

「三块砖」の前で。
寛窄巷子東広場。

寛巷子

窄巷子から一本北の通りが寛巷子。

寛巷子。

寛巷子に入って直ぐ左手に「寛巷子」と刻まれた扁額を掲げ門がある。門扉には文人と思われる像が描かれている。門柱に小さく「中餐」とあるから扉の奥は中国料理店なのだろう。

門前に下がる一対の赤提灯も中国料理店の印。
寛巷子。

寛巷子の西の端までくると地下鉄乗り場があった。地下鉄四号線の寛窄巷子站だった。

寛窄巷子站出入り口。
地下鉄出入り口に飾られた「寛窄」のレリーフ。

訪問先一覧地図

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