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思い出 その14 1969年から

昭和44年の東京踊りは、2月1日の初日、呼び物の屋台崩しは西遊記、日舞の景は歌舞伎名作から吉野山、静御前は小月冴子さん、幻の義経が私でした。夏のおどりはフィナーレに水を使い清涼感をだします。そして秋のおどり。
この頃、だったと思います、3期上の九条映子さん退団して大船へ、つまり映画にいらした、直ぐに寺山修司氏と結婚、天井桟敷を立ち上げたのでした。楽屋へ久し振りに見えた[今度、夫君制作の芝居、青森県の背むし男というのををやるから、切符御願い]と皆面白そうと言って引き受けた。劇場は新宿伊勢丹の隣にある映画館新宿文化であった。映画の終了後に公演するので、私たちは国際劇場からタクシーを相乗りで駆けつけると、丁度開幕に間に合う。主演は丸山臣吾、後の美輪明宏さん不思議な世界観であった。次の公演も、九条さんは現れた前回の公演が面白く刺激的だったので、行く行くといって引き受けた。九条さん曰く自分が一番切符を売るのが速いのよと言っていたのを思い出す。公演は[毛皮のマリー]主役はもちろん美輪明宏さんここで息子の欣也役で登場するのが萩原朔美さん、その素晴らしい美少年振りに観客席がどよめいた。聞けばこの方祖父は詩人萩原朔太郎、母は作家の萩原葉子氏とのこと、あの時はおいくつであったのかな、後に多摩美術大学の教授になったと聞きました。この公演の六、七年経った頃私は母から萩原葉子氏の自伝的私小説、[葦麻の家]と言う本を渡され読んだ。それは親族に虐待を受けながら育ったことを書いたものだった。母は朔太郎の詩を大学時代に読んでいて、娘の葉子さんが書いた本に興味を持ったらしい。朔太郎って美男子よと言っていた。この公演以後九条さんは切符を手売りしなくてもよくなったと言っていました。御夫妻もとうに鬼籍に入ってしまった。一緒に見に行っていた九条さんのことエイコと呼んでいた同期の方も、亡くなって三年になる。あれから50年以上経った。当時芝居のポスターなどを書いていたグラフィックデザイナーの大家の二人、2021年に横尾忠則展を東京現代美術館、そして2024年に宇野亜喜良展を東京オペラシティアートギャラリーで開催された。あのコケティッシュな女の子に会いに、娘と見に足を運んだ。会場には懐かしいポスターが沢山あった。当時入場券が千円以下だったとは改めて、驚きました。今とは隔世の感があります。その15へ


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