【権威の指示で人を支配する人】服従と支配の心理構造を読み解く。
はじめに
なぜ私だけが、こうした扱いを受けるのか。
医療機関での出来事をきっかけに、私は自分が
“標的”にされていると感じるようになりました。
職場の人間関係が変化し、家族にも影響が及び、日常の安心が少しずつ奪われていきました。
これは単なる個人の実体験ではなく、権威と個人の力関係がどう作用するかを考える上で、多くの人に共有したい現実です。
あなたのまわりに、上の人の命令だからと言って他人を支配したり、冷たく扱ったりする人はいませんか?
職場でも医療現場でも、あるいは政治の世界でも、権威者の指示によって行動する人は少なくありません。
この記事では、私の経験から学んだ権威者の命令で支配を行う人の心理構造と、その背景にある服従のメカニズムについて解説します。
権威に従い、他者を支配する
「権威主義的性格」
心理学で有名なのが、アドルノらが提唱した
権威主義的性格(Authoritarian Personality)という概念です。
このタイプの人は
• 目上の権威者には絶対的に服従する
• その一方で、自分より弱い立場の人には支配的・攻撃的になる
• 「命令されること」に安心感を覚える
つまり、自分の行動の正当性を命令があったからという外部の権威に求めるタイプです。
服従の心理 ミルグラム実験が示した怖さ
1960年代、心理学者スタンレー・ミルグラムは権威に対する服従を調べる有名な実験を行いました。
被験者は白衣を着た“権威者”の命令を受け、他人に電気ショックを与えるという設定。
実際には電気は流れていませんが、被験者の多くが命令だからという理由で、相手が苦しむ声を聞いても指示に従いました。
この実験は、普通の人でも、権威の指示によって残酷な行動を取ることを示しました。
現代社会にも潜む「権威への服従」
この構造は、現代でも多くの場面に見られます。
職場
上司の命令で理不尽な指示を部下に伝える。
医療機関
権威的な医師の指示に反論できず、患者に冷たい対応をする。
教育現場
教師や指導者の方針に従うことが“正しい”と信じる。
政治・社会
権威や制度の名のもとに、人々を従わせる構造。
表面的にはルールに従っているだけ。
しかし実際には、自分で考える責任を放棄し、命令を媒介に支配を行うという構図が存在します。
[権威者]
↓(命令)
[命令を受ける人]→(服従によって安心を得る)
↓(指示・強制)
[さらに下の立場の人]→(心理的・行動的な支配を受ける)
このように、命令は下層に向かって伝達され、
服従と支配が同時に拡散していきます。
専門家コメント
心理学と社会学の視点から
🧠 心理学的視点(臨床心理士・カウンセラー)
命令に従うことで安心を得る人は、“自分で判断する責任”に耐えられない不安を抱えていることが多いです。
権威への服従は、一種の『防衛機制』であり、自己保護の手段でもあるのです。
🏛️ 社会学的視点(社会心理学者)
権威主義は個人の問題にとどまらず、組織や制度の中で再生産されます。
命令を疑う文化が育たない社会では、支配の構造が“常識”として根付いてしまうのです。
支配する人の心理
権威者の命令で人を支配する人は、たいてい次のような心理状態にあります。
1. 自分の判断に自信がない
→ 権威の指示に従うことで安心感を得る。
2. 責任を取りたくない
→ 「上の人に言われたから」で行動を正当化する。
3. 権威を借りて優位に立ちたい
→ 命令を“盾”にして他人を支配する。
このような人は、自分が権威から支配されていることに気づかず、同時に他者を支配する側にも回る
二重の服従構造にいます。
私たちができること
権威そのものが悪いわけではありません。
問題は、権威に従う=思考停止になってしまうこと。
• 命令の内容を「自分の価値観で考える」
• 「その行為は本当に正しいか?」と問い直す
• 不当な命令には、勇気を持って「NO」と言う
自分の判断を保つことが、服従による支配の連鎖を断ち切る第一歩です。
まとめ
「権威者の命令だから」と言って他人を支配する人は、
実は自分もまた“支配されている側”なのです。
社会や組織の中で自分の意志を取り戻すには、
「考えることをやめない勇気」が必要です。
私たちの家族は、長い年月の間、
見えない力によって傷つけられてきました。
病気にされた家族。嘘で塗り固められた日常。
何を訴えても、声はねじ伏せられ、真実は押し込められる。
主人も病気にされ抱えながら、それでも仕事を続けています。会社の仲間たちにも影響が広がり、
主人は仲間を守りながら、理不尽な圧力と戦っています。その数は、もう数えきれません。
私自身も今、歯科に通っています。けれど、説明はいつも食い違い、通うたびに心が乱され、ストレスに押しつぶされそうになります。
見えない敵との戦いが、いつまで続くのか。
家族を守るために生きる希望とは何なのか。
その答えを探す日々です。
正直に言えば、もう何度も生きることを諦めかけました。それでも今ここにいるのは、
支えてくれた人たちのおかげです。
寿命が短いことも、もう受け入れています。
それでも、事実として伝えることだけは諦めたくありません。
憎しみがないと言えば嘘になります。権威の名のもとに、人の心や人生を踏みにじるような行為を、どうして許せるでしょう。
10年。
苦しみ、もがき、生き地獄のような時間でした。
それでも、家族を守ることだけはやめられません。
誰かに分かって欲しいという気持ちと、
もう何も言いたくない、という気持ちが、
心の中で いつもぶつかり合っています。
それでも今、こうして文字にしているのは、
同じように見えない圧力の中で苦しんでいる誰かに、
届いてほしいからです。
私たちはまだ、生きています。小さな希望を抱きながら、今日も。
陰ながら見守ってくださる皆様、ありがとうございます。もう少し、がんばります。
中村 麻衣子
