猫が猫であるように
犬が犬であるように
全身全霊 ぼくでありたい🎵
「ジャム・ザ・ハウスネイル」という子ども向けクレイアニメ番組の主題歌
ふしぎと頭に響いて……起きたお盆休みの朝
起きたい時間より1時間以上早く起きちゃった
外ではせみが目いっぱい鳴いている
わたしからすると夏の風物詩
毎年繰り返されるせみの大合唱
でも彼ら個体としてはずっと地中にいて
ようやく出てきて精一杯鳴いている
個体として考えたら
いつもの風景は
決していつもなんかじゃない
その時だけの存在
わたしはここまでの人生ずっと焦って
「わからない状態の自分でいてはいけない、自分のことはすぐ決めてすぐ行動しなくては」
とか
「こうならなくては」
とか
思っていたように感じる
要は単純化して
自分以外の何者かになろうとしてきた
みたいな……よくあるやつ
でもわからないに決まってる
なにひとつ結論づけられないんだから
わたしはわたし以外になり得ないから
他人や自分に対して
何かを証明する必要もないし
現時点でなんらかの答えを出す必要もないんだ
全ては本当に途中
他者に対して断言してるSNSの論客だって
自分のことは全て途中
自分のことすら断定できるとしたら
その人実はわかっていないんじゃないか
「断定できるほどわかってない、断定できるほど何も見てない」
死ぬまでのことは全て途中
誰にも結論つけられない
それだのに人に対して偉そうに
断言できるはずもない
仕事や何かしらの経済活動の文脈でよく
結論づけろ、結論は?と言われる
でもそれって全ては人間が設定した
仮のものにしか過ぎない
結論なんて、ない
結果なんて、ない
ただ、いま生きてるってことだけが確か
すべては続いて、続いて、続いて、続いていく
恐竜が絶滅したって
ねずみはこっそり生きていた
個の生命はプツンと切れる
でも大きい意味での生命はずっと続いてゆく
わたしは孤独だと思ったって
その大きい意味での生命からは逃れられない
私たちは大きいいのちのなかにいる
わたしができることといえば
この生命がプツンと切れる前に
迷って、間違って、失敗して、右往左往して、結論づけられない、わからないという
「経済活動的な文脈で言ったらずっと気持ち悪い状態」で
それでも全身全霊自分のまま「いる」しかないんじゃないかな
スマホでインターネットにつながって
はたまたAIに聞いて
疑問点はすぐ解決できたり整理できたりする(ような気になる)のが当たり前のなかで
自分のことがわからないのも
また当たり前なんだ
迷ってぶつかって苦しむ
それは良くないことだと思ってた
自分を理解して結論づけて
わかりやすく周りにも説明して
生きるのが正しいと
迷ってぶつかって苦しんで当たり前
ショックを受けて当たり前
ドキドキして当たり前
ダメダメで当たり前
またその逆
楽しいのも当たり前
ワクワクするのも当たり前
生きててよかったと思うのも当たり前
自分のあらゆる面に振れ幅があって
それが当たり前で
明るい気持ちにも暗い気持ちにもなるし
いいこともあって悪いこともある
でもその全てが繋がっていく
結論づけられない
わからない
から気持ち悪いと思ってしまう
そのことに耐えられない
だからこうだと
結論づけたり
わかったようなふりをする
でも逆で
結論づけられないし
わからないことが普通です
その中でどうしたらより良くなるか
それを考えて実行していけばいいだけで
どうしたら良くなるか、は
わたしが考えた良いことに準拠しているから
他の人にはわからないし
実はわたし自身にもわかってない
そんな滑稽さがあるね
駅の雑踏
交差点の混雑
それを形作るたくさんの人、人、人
それがみんな結論づけられず
わからないまま朝起きて、夜寝てる
わからないまま生まれて
なんかわからないまま生きている
ある時、プツンといのちが消える
その前にいのちのダンスをめいっぱい
おどったら楽しい
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