見出し画像

「言葉狩り」という箱と、三つの動機

宮城県の高野連が、野球用語の見直しを検討している——というニュースを、見かけた方は多いと思います。刺殺、死球、盗塁、犠打。字面だけ見れば、たしかに物騒です。今年の秋にも検討委員会を作って、言い換えを話し合うといいます。

このニュースに、はてなブックマークでは四百件を超えるコメントがつきました。いちばん支持を集めたのは、四文字の一言でした。「言葉狩り」。

正直に言うと、私も最初は同じでした。見出しを見た瞬間、「言葉狩り」の四文字が、すぐに頭に浮かんだのです。

ただ、このニュースを追いかけているうちに、気づいたことがあります。実は、記事が二つあったのです。


■二つの記事、中身がまるで違う

一つは、共同通信の短い配信です。Yahoo!ニュースなどに載って、いちばん広く出回った記事です。長さは数百字。書いてあるのは、「殺」「刺」といった表現を見直す、検討委員会を作る——ほぼそれだけです。

もう一つが、河北新報の記事です。「再考 野球用語」という連載企画の一本で、長さも中身もまるで違います。なぜ見直すのか。誰が言い出したのか。どんな案があるのか。言い出した本人へのインタビューまで載っています。

2種類の、深さが全く違う記事

ただ、この河北新報の記事を最後まで読むには、会員登録が必要です。
「そんなに大事な話なら、無料でパッと読ませてほしい」——という気持ちも、正直、なくはありません。ただ、いくら報道とはいえ、相手にも商売があります。読むための手間を惜しんで、そのツケを書き手に払わせるのは、あまりフェアではないな、と思うのです。

(余談ですが、私はこのnoteの売上で、いろいろなメディアの有料会員登録をして、報道の元になった記事に当たるようにしています。これも、読んでくださっている皆さんのおかげです。)

その河北新報の記事を読むと、こういう話でした。

提案したのは、宮城県高野連の松本嘉次理事長です。おととし、少年野球を見に行ったとき、指導者や保護者が子どもに向かって「刺せ」「殺せ」と叫んでいるのを聞いて、はっとしたといいます。あんな言葉を聞いた小さな子が、野球をやりたいと思うでしょうか。ただでさえ、野球人口は減っているのに——。

理事長の理屈は、シンプルです。いま、令和の時代に野球用語をゼロから訳し直したら、「死」や「殺」の字は、まず出てこないはずだ。だったら、百五十年たった今、変えてもいいのではないか。たとえば犠牲バント。自分がアウトになるから「犠牲」と呼びますが、実際は走者を進めて、スタンドから拍手が起こる前向きなプレーです。県高野連のアンケートには「貢献バント」という案が寄せられたそうです。どうせなら、次の百五十年まで残る言葉を考えたい。小さな野望です、と語っています。

短い記事だけを読むと、「殺や刺を見直す」という結論しか目に入りません。でも、長い記事まで読むと、そこに至る顔と理屈が見えてきます。「言葉狩りだ」という判定は、短い記事の情報量なら、たしかに成り立ちます。でも、長い記事を読んだあとでも同じ判定を下せるかというと——これが、かなり怪しいのです。

たとえるなら、映画の予告編だけを見て、感想を言うようなものです。誰も、予告編を見ただけで「もう見た」とは言いません。今回ややこしいのは、そこです。河北新報に元の記事があることを知らなければ、共同通信の配信のほうが「本編」に見えてしまいます。予告編を、予告編だと気づかないまま、見ているわけです。

似たようなことは、野球の話に限りません。先日、文春の報道をきっかけに、フジテレビをめぐる騒動が大きくなったときも、実際に広がっていたのは元の記事そのものというより、見出しと断片でした。見出しだけが独り歩きして、元の記事が伝えていた温度や留保が置き去りにされたまま、話がどんどん大きくなっていく。今回の野球用語の話も、規模はずっと小さいですが、同じ形をしています。

■「言葉狩り」という箱を、開けてみる

では、この提案は、本当に「言葉狩り」と呼んでいいものでしょうか。

ここで、一つ確かめたいことがあります。「言葉狩り」という言葉には、じつは、性質のちがう出来事がいくつも詰め込まれているんです。

「言葉狩り」をさらに深く考えてみる

一つめ。戦時中の敵性語の排除。英語は敵の言葉だから使うな、というものです。動機は、排外です。

二つめ。近年の差別語の見直し。この言葉は特定の誰かを傷つけるから変えよう、というものです。動機は、加害をやめることです。

三つめ。今回の提案。いま訳し直したら「死」や「殺」は出てこないはずだ、という問いです。動機は、野球から離れていく子どもたちへのまなざしです。

こうして並べてみると、三つめは、「狩り」ですらないことに気づきます。すでにある言葉を取り締まって罰するのではなく、「訳し直したら何になる?」と聞いているだけです。検閲というより、翻訳のやり直しに近いのです。

ところが、「言葉狩り」という一つの箱に入れたとたん、この三つめに、一つめの顔がかぶさります。翻訳のやり直しが、検閲にすり替わってしまうのです。

箱の便利なところは、中身をいちいち確かめなくてよくなることです。箱に入れた瞬間、「誰が、何を見て、なぜ言い出したのか」は、もう問わなくていいことになります。

■持ち帰り用の見分け方

この「箱に入れて、中身を見なくする」という操作は、今回に限った話ではありません。「男女論」「ポリコレ」——似たような箱は、日常のあちこちにあります。そこで、見分け方を一つ、お渡ししておきます。

雑に括りそうになった時に、グッと堪える

サインの一つめは、その箱が、元の記事を読んでも壊れないか、です。今回の「言葉狩り」という箱は、短い記事の情報量でしか持ちません。元記事まで降りて、理事長の顔と理屈を知ると、輪郭がぼやけていきます。

サインの二つめは、箱の名前に、ケンカの構図がついていないか、です。「言葉狩り」「男女論」「ポリコレ」。この手の名前は、口にした瞬間に、対立の構図がセットでついてきます。中身を見る前に、もう敵と味方が決まっているのです。

サインの三つめは、箱の中身の動機が、バラバラのまま同居していないか、です。敵性語排除の動機は排外。今回の提案の動機は、子どもへのまなざし。ほとんど正反対です。正反対なのに「同じ言葉狩り」と呼べてしまう——呼べてしまうこと自体が、箱が効いている証拠になります。

こうして分けて中身を確かめる作業に、私は「均し(ならし)」という名前をつけています。分けて扱うべき違いを、一語で対称にならしてしまう操作、という意味です。次に、このての便利な四文字を手にしたときは、蓋を開けて、元の記事をひとつ読んでみてください。それだけで、見える景色が変わってくるはずです。

■念のため、逆向きにも効きます

誤解のないように言っておくと、コメントを書いた人がみんな箱に入れていたわけではありません。「応援で相手に攻撃的な言葉を使うのを改めるのは賛成。でも、用語そのものを変えるのは反対」——そう書いて、賛成と反対をちゃんと分けた方もいました。

そしてもう一つ。この「箱に入れて中身を見えなくする」という操作は、言葉狩りだと批判する側だけのものではありません。言い換えを進める側にも、同じことが起こりえます。実際、今回もそうでした。批判する側は「戦時中の言葉狩りと同じだ」と言い、提案した理事長自身も「戦時中に定着した、プレーを生死に見立てた用語」と語っています。正反対の立場の両方が、同じ「戦争」という箱に、歴史を寄せているのです。

でも、事実はその間にあります。死球も刺殺も、実は明治二十九年、正岡子規が随筆の中で当てた訳語です。物騒さが生まれたのは戦時中ではなく、日清・日露戦争へ向かう時代に、外国から来たスポーツを「戦」に見立てて言葉が作られたから。そして昭和十八年の敵性語排除が実際に消したのは、この漢字ではなく、ストライクやアウトといった英語のほう(「よし一本」になりました)でした。それも戦後には消えています。

改革する側も、批判する側も、細かい年表ではなく「戦争」という手近な箱に手を伸ばしてしまう。誰かを責めたいわけではありません。箱の引力は、賛成側にも反対側にも働く——つまり、私たちの全員が、なにかしらの箱を持っている、という話なのです。

■今日、ご一緒に確かめたこと

今日、ご一緒に確かめたのは、二つでした。

一つは、「言葉狩り」という見出しの奥に、共同通信版にはない、理事長の顔と理屈が書かれた元記事があったこと。もう一つは、「言葉狩り」という箱に、性質のちがう三つの動機が詰め込まれていたこと。

次に「言葉狩り」や「ポリコレ」のような、便利な四文字を見かけたときは、今日お渡しした三つのサインを、思い出してみてください。

正直に言うと、私自身も、河北新報に登録して本文を開くまでは、見出しの高さにいました。理事長の「小さな野望」を知らずに、賛成と反対の星の数だけを数えていたのです。一段降りられたのは、えらかったからではありません。この題材で書くと決めていたから、それだけです。書き手は、読者の上にいません。同じ見出しを見て、同じ箱を、最初は手にしていました。

この「箱を開けて中身を確かめる」という視点は、これからもこの連載で、たびたび顔を出すと思います。次にどんな箱に出会うか、私自身も楽しみにしています。


■出典

「刺」「殺」を使わない指導目指す 宮城県高野連、今秋にも検討委設置へ
河北新報 2026年7月8日
https://kahoku.news/articles/20260708khn000081.html

野球用語の「殺」「刺」「死」など見直し検討 宮城県高野連 2026年7月9日
https://www.nikkei.com/article/DGXZQOKC09BP00Z00C26A7000000/

はてなブックマーク「『刺』『殺』を使わない指導目指す」コメント一覧
https://b.hatena.ne.jp/entry/4789905551864167298

いいなと思ったら応援しよう!