【小説】二人、江戸を翔ける! 19話目:女任侠伝①
■あらすじ
ある朝出会ったのをきっかけに、茶髪の少女・凛を助けることになった隻眼の青年・藤兵衛。そして、どういう流れか凛は藤兵衛の助手かつ上役に、さらには住む長屋の大家にまでなってしまう。
今回は過去に関わったヤクザ・度度須古組の騒動に巻き込まれるコメディ話です。
■この話の登場人物
・藤兵衛:主人公。隻眼の青年で、傘張り仕事を生業としている。
・凛:茶髪の豪快&怪力娘。『いろは』の従業員兼傘張り仕事の上役、兼裏稼業の助手で大家でもある。
・お京:度度須古組の頭の一人娘。かなり勝気な性格で正しい任侠道を目指している。
・豚吉:度度須古組の組員で、お京の子分的存在。
■本文
「おでん、おいしかったね、藤兵衛さん」
「うむ、あれは美味かった。……しかし、最近は新しい菓子だとか料理が本当に増えてきたな」
「そうね。でもそれって、それだけ平和ってことなんじゃない?」
会話をしながら歩いている二人組は隻眼の青年藤兵衛と、茶髪に跳ねっ毛娘の凛である。二人は最近江戸に出始めた、『おでん』という料理を食べに行った帰りであった。
大通りに差しかかると、周囲が急にざわつき始めた。多くの人が二人の脇を、ばたばたと通り過ぎていく。
「おい! 喧嘩だ、喧嘩だ!」
「また度度須古組の奴らと須古土井組がやり合ってるぞ!」
人々は口々に叫びながら、走っていく。凛と藤兵衛は、思わず顔を見合わせた。
「ねえ藤兵衛さん、度度須古組ってたしか……」
「ああ、たしか助弥さんの……」
凛と藤兵衛は過去の記憶をたぐりよせる。度度須古組とは、過去に裏稼業で対峙したことのあるヤクザたちであった。(※二話目、六話目参照)
「ちょっと気になるね」
「そうだな。俺らも見に行くか」
妙に気になった二人は、人だかりが出来ているところへと向かった。
人だかりの後ろから覗きこむと、三人が五、六人に囲まれて一方的にやられていた。周囲から漏れ聞こえる会話から、ヤクザ同士の衝突のようだった。
やられている三人は泣きべそをかきながら、「やめてくれ~」と必死に懇願する。それを見た凛は、呆れた顔になった。
「あらら…… やられっ放しじゃない。普段は威張り散らしているくせに。……もっと踏ん張んなさいよ! 相手のすねにかじりつくとか」
「う~ん、たしかにあれは、情けないな」
派手な喧嘩を期待した二人は、がっかりする。やがて、喧嘩が終わると、
「けっ! これに懲りたら、調子に乗るんじゃねえぞ!」
と、勝った側が聞き慣れた台詞を吐き捨てて去っていった。すると、周囲に出来ていた人だかりも解散の流れとなる。
藤兵衛も凛も人込みに混じってその場を去るのだが、後ろから気になる会話が聞こえてきた。
「もう度度須古組は終わりだな。あんな、体たらくじゃあな」
「まったくだ。なんでも奴ら、前にたった一人にやられたことがあるらしいぜ。それも二回も」
「たった一人にかい」
「ああ、そん時の怪我が元で頭が寝込んじまって、そこから落ち目になったらしいぜ」
凛は藤兵衛を見上げる。
「ねえ、藤兵衛さん。一人にやられたって……」
「……俺だな」
自分たちの話が出てきたこともあって、二人は聞き耳を立てた。
「お前、詳しいな」
「へへ、ちょいと知り合いがいてな。それと、頭には娘が一人いるらしいんだが、家業を継ぐ気はないみたいでよ。もう落ち目だってんで、見限った奴らが抜けたりで組はガタガタらしいぜ。で、度度須古組が落ち目になった隙を狙って、須古土井組が幅を利かせるようになったって訳さ」
「へえ、なるほどな。でもよ、ざまあねえな。度度須古組の奴ら、今までやりたい放題だったからな」
「違いねえ。度度須古組が無くなったら、町もちったあ静かになるだろうよ」
ひと通りの話を聞いた凛は、妙に気まずい気分になった。
「なんか…… 複雑ね。落ち目の元を作った私たちとしては」
「う~ん…… まあ、俺らには関係ない話さ。潰れたとしても、あいつらの自業自得さ」
一方、藤兵衛の方はそこまで気にしておらず、軽く流すと土左衛門店へと帰るのであった。
◇
ここはお江戸八百八町の一つ、倉武町である。倉武町の中心部には立派な屋敷があり、屋敷の表門には『度度須古組』と書かれた看板が掲げられている。その屋敷の中で、騒ぎが起きていた。
若く、体格の良い青年が、ぼろぼろの姿になった三人組を見て驚きの声を上げる。
「お、おい! どうした、おめえら!?」
「す、須古土井の奴らにやられて……」
三人組のうち一人が、悔しそうな声で答えた。
「なにぃ! また、あいつらか! ……おい! こいつらを手当してやってくれ!」
青年が隣に控えていた組衆に声をかけると、三人組は屋敷の中へと運び込まれた。三人組を見送ると、青年の顔がみるみる険しくなる。
「くそっ! 須古土井の奴ら、調子に乗りやがってぇ!」
とそこへ、小男が近づいてきた。小男はおそるおそる話しかける。
「あの、若頭…… どうしやす? 頭に報告しやすか?」
すると若頭と呼ばれた青年は、渋い表情になった。
「……言うしかねえだろう。豚吉、頭は寝室かい?」
「へえ…… 寝室にいるんでやすが、その…… お嬢と話をしておりやして」
「そうか……」
豚吉が気まずそうに語るのを見て、若頭は察しがついた。ふうと、一つ息を吐くと、
「だが、しょうがねえだろう。……頭のところに行ってくるわ」
疲れた足取りで屋敷の奥へと歩き出す。豚吉は若頭の背中に、
「お疲れさまです」
と言って、お辞儀をした。
一方、ここは頭の寝室である。部屋の真ん中に布団が敷いてあり、厳つい顔の男性が半身を起こした状態で座っていた。この男性が、度度須古組の頭である。
また、頭の横には、二十代前半ぐらいの見目麗しい女性が背筋を伸ばして正座をしていたが、表情は険しかった。
「いいか、お京」
「嫌だね」
「おい! まだ何も言ってねえだろう! ……あいたたぁ! また、あの隻眼野郎にやられた傷が……」
頭は声を荒げたすぐ後に、悶絶する。だが、女性は一瞥するだけで、心配する素振りは一切見られなかった。それどころか両腕を組んで、きつい言葉を浴びせる。
「ふん。悪いことばっかりしてるから、バチが当たったのさ」
すると、頭は恨めしそうな顔をする。
「お京、お前なぁ…… 父親が痛がってるんだぞ? もう少し優しい声をかけてくれたって……」
「何さ、それぐらいで。若い衆にはいつも『それぐらい気合で治せ』って無茶苦茶言ってるくせに」
頭は「ぐっ」と詰まるが、すぐに言い返す。
「他人のを見るのと、自分がなるのでは違うんだよ! ……とにかくだ。お前には俺の跡を継いで、この度度須古組を盛り立ててもらわにゃいかん! そのためには、有力な婿をだな……」
「またその話? 婿取りの話は嫌だって何度も言ってるだろう!? あたいは、跡を継ぐ気なんかさらさら無いからね!」
「なぜだ!? 俺が悪事に悪事を重ね、ここまでのし上がってきたというのに!」
頭は訴えるように話すが、あまり威張れる話ではなかった。
「だからそれが嫌だって言ってるんだろう!? 任侠道から外れたことをして、カタギ衆に迷惑ばっかりかけて大きくなった組なんかに、あたいは興味ない!」
「お前、まだそんな任侠道なんて甘っちょろいことを言っているのか。……いいか、ヤクザなんてのはな、悪いことしてなんぼの世界なんだ! それに、世の中には俺より悪い奴などわんさかいるぞ! そいつらに比べれば、俺なんてまだまだ可愛いもんよ!」
「自慢気に話すことじゃないだろう!」
「んぐっ!」
正論を返され、頭は言葉に詰まる。話題を切り替えようと、ごほんと咳を一回入れた。
「あ~、とにかくだ。お前には早く有力な婿を取ってもらわんといかん。ということで、上野の寸努枯組の息子なんてどうだ? 顔はイマイチだが腹黒さなら俺よりも……」
頭が言い終わる前にお京はすっと立ち上がり、頭をきっと睨む。
「ふざけんじゃないよ! そんなことばかり言ってるから、カタギ衆に嫌われるんだよ! あたいは自分の道を行くんだ!」
「お、おい、待て。話はまだ終わって…… いたたたたたぁ! また、古傷が~」
頭が痛がるのを目もくれず、話はこれまでだとばかりにお京は部屋を後にした。
◇
(まったく、あの親父ときたら……)
先程の会話で頭に血が昇ったのか、どすどすと廊下を踏み鳴らして歩いていると、若頭が前から歩いてきた。
「あ、お嬢。頭との話は終わったんですかい?」
話しかけられて、お京は若頭がいることに気付いた。
「ああ、若頭かい。……話ならさっき、終わったところさ」
「そうですか……」
お京は、若頭が何か言いたげな顔をしているのに気付いた。
「……何か、あったのかい?」
「へい、うちの若いもんが、須古土井の奴らに怪我を負わされました」
するとお京は、「はあ」と大きなため息をつく。
「またかい。……ま、昔はこっちがやりたい放題していたんだからね。因果応報ってやつだろ」
どこか諦めているかのような物言いが、若頭には引っかかった。
「お嬢、この世界は舐められたら……」
「終わりだって言うんだろ? でも、それで進んだ結果、こうなったんじゃないのかい? ……私には関係ないことさ」
これで話は終いにしようとしたのだが、若頭は体を小さくさせながらも、まだ何か言いたそうな目でお京をジトっと見る。その目線に堪えられなくなったお京は、ひと際大きな声をあげた。
「あ~、もう、むしゃくしゃする! ……豚吉!」
「へ、へい!」
豚吉は近くに控えていたのか、呼ばれるとすぐにぱたぱたと駆けてきた。
「出かけるよ! ついてきな!」
「へ、へい~」
そしてお京に命じられ、外出の準備をしに走っていった。
「お嬢、どちらへ?」
「ここにいたら気が滅入っちまうからね。気晴らしに外へ行ってくる」
これを聞いた若頭の表情が曇った。
「お嬢、そいつは危険ですぜ。須古土井の奴らが、お嬢を狙ってるって噂があるんですから……」
「構うもんかい」
そう言い捨てて自らも外出の支度を始めると、豚吉がぱたぱたと駆け戻ってきた。
若頭は何も言わずに二人が出かける様子を眺めていた。するとお京は、戸に手を掛けたところでくるりと振り返った。
「若頭」
「はい?」
「……外出るついでに医者呼んでくるからさ。医者が来たら、怪我した奴らを診てもらいな」
「は…… はい!」
それだけを言うと、お京は豚吉とともに外に出るのであった。
つづく
