人は、なぜ働くのだろう
今回は、働くことについて考えてみた。
そもそも、なぜ人は働くんだろう。
世の中には、いろいろな働き方がある。
会社を作って、自分のやりたいことを仕事にする人。
自分の専門的な知識や技術を使って、フリーランスで働く人。
大きな会社の中で、自分の才能を生かして働く人。
毎朝会社に通い、一生懸命仕事をする人。
アルバイトをする人。
日雇いの仕事をしながら生活する人。
パソコン一台で、世界中どこにいても仕事をする人。
本当にいろいろだ。
では、なぜみんな働くのだろう。
多くの場合は、
「生活するため」
なのだと思う。
家賃を払う。
食べ物を買う。
税金を払う。
保険料を払う。
家族を養う。
そのためにはお金が必要だから、お金を得るために働く。
もちろん、
「社会の役に立ちたい」
「誰かのためになりたい」
「自分の才能を生かしたい」
という思いで、情熱を持って働いている人もいる。
仕事でお金を得て、そのお金で休日に好きなことを楽しむ人もいる。
一方で、
毎朝、満員電車に乗る。
無表情で会社へ向かう。
一日働く。
夜、また満員電車に揺られて帰る。
家に着いたら疲れて寝る。
そして、また次の日。
そんな毎日を過ごしている人もいる。
そんなことを考えていたら、
「働くって、一体なんなんだろう?」
という疑問が出てきた。
私たちは、
「大人になったら働くもの」
と、当たり前のように考えている。
子どもの頃は、親に養ってもらう。
でも大人になったら、自分でお金を稼がなければならない。
だから、
「働かなければならない」
と思う。
でも、ここで少し考えてみた。
もし「仕事」というものをしなかったら、人は本当に何もしなくなるんだろうか。
例えば、山の中で自給自足をして暮らす人がいる。
会社には行かない。
誰かに雇われてもいない。
でも、畑を耕す。
作物を育てる。
薪を集める。
食事を作る。
家を修理する。
毎日、いろいろなことをしている。
それも「働く」と言えるのではないだろうか。
では、一日中何もしないで過ごしたらどうだろう。
しばらくならできるかもしれない。
でも、ずっと何もしないわけにはいかない。
食べなければならない。
水を飲まなければならない。
眠らなければならない。
生きるためには、何らかの活動が必要になる。
そう考えると、
完全に「働かずに生きる」ということは、そもそもできないのかもしれない。
ただ、
「会社に行ってお金を稼ぐこと」
だけを「働く」と呼んでいるから、
「働かなければならない」
という感覚が強くなっているのかもしれない。
考えてみれば、
料理をすることも。
子どもを育てることも。
畑を耕すことも。
何かを作ることも。
文章を書くことも。
誰かを助けることも。
好きなことを追いかけることも。
全部、自分の時間やエネルギーを使って何かをしている。
そう考えると、
「働く」というのは、もっと大きな意味で、自分のエネルギーを何かに向けることなのかもしれない。
そして、ここから少し見方が変わってきた。
「どんな仕事をすればいいんだろう?」
ではなく、
「自分は何をしているとき、心が動くんだろう?」
という問いのほうが大切なのかもしれない。
会社員でもいい。
自営業でもいい。
フリーランスでもいい。
農業でもいい。
家事でもいい。
子育てでもいい。
趣味でもいい。
形は何でもいい。
大切なのは、
その中で自分が何を感じ、
何に興味を持ち、
何をやってみたいと思うのか。
そして、
「やってみたい」
と思ったことを、できる範囲でやってみる。
やってみたら、
「これは面白かった」
で終わるかもしれない。
「思っていたのと違った」
かもしれない。
そしてまた、別のことに興味が向く。
そうやって一つひとつ体験していく。
もしかすると、人生は、
「正しい仕事を見つけて、そこに一生しがみつくこと」
ではないのかもしれない。
その時々で自分が興味を持ったものにエネルギーを注ぎ、
体験し、
終わったら、
また次のものへ進んでいく。
そんな生き方もある。
そう考えると、
「働くために生きる」
という順番ではなく、
「生きる中で、自分がやりたいことをしていく。その一つが仕事になる」
という順番でもいいのかもしれない。
お金も、その活動の中で生まれるものの一つ。
誰かに何かを提供する。
その代わりにお金を受け取る。
そのお金で、また誰かが提供してくれたものを受け取る。
そうやって、人と人の間をエネルギーが循環している。
そう考えると、
仕事もお金も、人生そのものではない。
人生の中で、自分のエネルギーをどう使うか。
その一つの方法に、
「仕事」
という名前がついているだけなのかもしれない。
「働かなければならない」
と思っていたけれど、
本当は、
「生きている限り、何かを体験し、何かを生み出し、何かと関わっている」
だけなのかもしれない。
そう考えたら、
働くことに対する見方が少し変わった。
仕事を選ぶということは、
「どの仕事なら一生安泰なのか」
を探すことではなく、
「自分は、この人生で何を体験したいのか」
を考えることなのかもしれない。
そして今日も、
自分が少し心を動かされるものを探してみる。
それをやってみる。
終わったら、また次へ。
そんなふうに生きていった先に、
自分にとっての「働く」という形も、
自然とできていくのかもしれない。
今日もまた、自分に戻る途中。🌱
