[スイス]平成のドイツ語学留学記21
1990年11月頃 スイス〜ヌシャテル・ロカルノ
正直何月に行ったかは覚えていませんが、語学学校のタームとタームの間にちょこちょこ小旅行していました。9月・10月・11月と3ターム受講したので、最後の期が終わったから同級生を訪ねたのだったかなと思います。
スイスは永世中立国というのは知っていましたが、公用語が3つもあるとは留学してスイスの人と出会うまで知りませんでした。
いえ、調べてみると3つではなく4つでした。
ドイツ、フランス、イタリア、ロマンシュ語、だそうです。
その上政治ではドイツ語を使うので政治家になるためにはドイツ語が話さなくてはダメで、国会中継などは同時通訳で放送されると聞きました。
それだけでドイツ語圏有利なんでは?と思いますが、どんな風に運営されているかはわかりません。
私が知り合ったのはフランス系スイス人のアリーンとイタリア系スイス人のクラスメイト達でした。
まず最初にアリーンに会いにヌシャテルへ行きました。
アリーンは彼とアパルトメントに住んでいて、アリーンによく似た猫も飼っていました。
シンプルでちょっとしたおもしろい雑貨もあり、素敵な空間で、アリーンにピッタリでした。
いや、よく考えたらアリーンはわたしより若かったはずです。わたしはカッセルの時にずっとついて回ってドイツでのお姉さんみたいに頼っていました。
手紙を何回かやりとりしていたのですが、久々に送った手紙は転送先不明で返ってきてそれきりとなりました。
次にハイデルベルグのクラスメイトだった仲間達に会いに行きました。エンリコとアンナとロベルタです。イタリアのロベルタとは別のロベルタです。
エンリコの車でドライブして、イタリアに行ってピザを食べました。イタリア系スイスとイタリアは近いので、靴とか革製品はイタリアの方が安いので皆よく行くんだとゆってました。
一応「外国」だけど郊外のショッピングセンターに行くくらいの気軽さでした。
スイス人だけどイタリア語で、イタリア人じゃないけど自分の国の別の言語圏の人とは同国の意識持てるのかしら?とわたしにとったら不思議なシチュエーションで想像がつきませんでした。
イタリアのピザはシンプルでこれが美味しいんだと言ってました。ホントにその通りだと思いました。チーズだけで充分もつ!
美味しさの秘訣は小麦粉?水?焼き方?ソース?チーズ?全部?
ロベルタの家に泊めてもらったのですが、家の窓からは普通に雪のアルプス山脈が見え、家の中には暖炉があり、ここもまた映画のようなお宅でした。
ヨーロッパの豊かさってなに?!秘訣はなに?!
ここでも唸りました。
そしてお母さんのお料理がまたおいしく、ある夜はうさぎの採りたて?をさばいて鶏肉みたいに焼いて出してくれました。
え?うさぎ?と思ったのも束の間、おいしくて6切れも食べて、翌日ロベルタがアンナとエンリコに
「◯◯は昨日うさぎを6切れも食べた!」とイタリア語で話す内容がわかりました(笑)
お別れの日の前日に皆で買い物に行った時、ロベルタがいとこにぬいぐるみをプレゼントするからと品定めしていました。
わたしが「こっちの方がいいんじゃない」と言ったわんちゃんが子犬をくわえているぬいぐるみを買っていました。
翌日、お別れの日に、おせんべつでロベルタのご家族からとそのぬいぐるみを渡された時には号泣してしまいました。
日本に帰ってから皆に日本からお礼の品とお手紙を送りました。
なにを送ったか全く覚えていませんが、唯一、アンナにハードロックカフェのTシャツを送ったのは覚えています。
ハイデルベルグにハードロックカフェがあり、授業の帰りには大抵そこでわいわいうだうだやってました。アンナは世界のハードロックカフェのTシャツを集めるんだと言ってハイデルベルグのを買っていました。
日本のも送ってね!と言ってたので贈ってあげました。
その後も彼女はハードロックカフェTシャツを集めてるのかなぁ?と時々思い出します。
