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【小説】「騙される快楽」プロローグ・第一話

あらすじ
好奇心が旺盛で意欲の高い人ほど騙され易い。それは、無自覚の冒険心を宿しているからだ。「欺されること」に快楽はあるだろうか? 主人公の木村莉子は、かつて恋人だった霧島編集長の下で発行部数が伸び悩む雑誌「ウーマンズアイ」の記者をしている。編集長からの冷たい風当たりの中、ノルマに追い立てられ殺伐とした気持ちで仕事をする中で、松井蓮と知り合う。彼の優しさに癒やしを感じ始めた莉子は、仕事の悩みも相談するようになり、次第に心を開き、惹かれていく。FX投資セミナーにした時には親切に説明をしてくれた蓮だった。だが蓮には人に言えない秘密があったのだ。

プロローグ

 この世に存在する人間は二種類である。一つは騙す人。もう一つは騙される人。騙される人は、自分が騙されるために生きているということに気付いてはいない。なんと無防備なのだろう。何事に対しても好奇心があり意欲の高い人ほど騙され易い。それは、無自覚の冒険心を心の奥に宿しているからだ。騙されている最中ですら、そのことに気付かず、むしろそれをありがたがったりするものだ。騙される人の特徴は、「より良く生きよう」または「完璧な人生を送ろう」としていること。「より良く生きよう」という心情は、臆する気持ちなく新しい環境に適応しようとする。また「完璧な人生」ほど破綻する可能性をはらんでいる。

 僕があなたの大切なものを盗んだとする。例えばそれは、あなたの心だったとする。でも僕の愛情が偽物だったと気付いた時、「完璧な人生を送ろう」としている人は、騙されていること自体を認めたくないから自己暗示をかけ、騙されていることに気付かないふりをする。
 脳には見たものを修正しようとする働きがあるんだ。そうして僕の愛情があたかも本物であるかのように振る舞い続ける。だから、騙されて、騙され続けて深みにはまっていく。結局、あなたが愛していたのは、僕ではなくてあなた自身なのだ。「あなたの満たして欲しい心の隙間を丁寧に埋めてあげた」ただ、それだけの話。だから僕は、騙したことを後悔しない。

 僕には、騙している意識も自覚もない。相手にとって良かれと思う心情を基にして関わっているのだから、罪の意識がない。自分勝手に騙しているように見えて、常に相手の感情の流れを配慮し慮っている。騙されていることは「快楽」でもあるのだ。あなたは、そのことがどういう意味を果たすかわからないかもしれない。
 相手が心地良くなるような「騙し方」をするのがプロなのだ。その期間が終わった時、もっと騙していて欲しかったと望む人もいる。勿論、全ての人ではない。激しい後悔に苛まれる人もいるだろう。
 プロの詐欺師は後を濁さない技をもっている。騙されたことが、相手にとって時間の経過と共に愛しい思い出に変わるのだ。でも、世の中の詐欺師のほとんどはプロではなく、思いきり人を傷つける。だから、世間から僕の職業に対する偏見は止まない。

 例えば僕が、両親も誰だか分からなくて、施設で育った子供だったとしよう。小学生の子供が、何気ない会話の中で家の話や両親の話になった場合、どういう状況に陥るかわかるかい? 僕が正直に「施設で育ったんだ」と伝えたら、途端に友達は返事に窮してしまう。
 何度も同じように場を凍り付かせ、白けさせてきた結果、僕は事実をありのままに語ることを止めた。つまり体験から学んだことなのだ。僕は相手への配慮として、どうしたら相手に喜んでもらえるかを日々考えていった結果、上手に嘘をつくことを学んできたんだよ。僕の気持ちがわかるかい?


第一話


お一人様の老後を快適に暮らすには二千万円 
夫婦だと三千万円必要
まるでゲームの課金制度! 
平均寿命よりも長生きしようと思ったら、
さらに千五百万円必要

 見出しの文言を最終締切の間際に修正した。発行日四週前にぎりぎり間に合った。インパクトある言葉が紙面に踊る。「ウーマンズアイ」九月号、特集記事を仕上げたばかりの私は、大きな溜息をついた。
 一生独身で通すつもりでいた。でも最近になって、自分の考えが揺れていることに気付く。「気持ちの通じ合う恋人がいれば独身でも大丈夫」そう思っていたのだが、別れてしまった。それも要因の一つだ。
「結婚しない方が幸せに決まってる」という友人の持論には賛成だが、生活が立ちゆかなくなる不安もある。

 「二千万円」という数値が、私の未来を閉ざそうとしている。総務省「家計調査報告」に記されたその額を、用意できる人が、いったいどれほどいるというのだろう?「平均的」な老後の生活を送るためには、莫大な費用がかかる。先立つものがない人間は生きてはいられない。

 十年ほど前であれば、夫婦で必要な額が二千万だったはずだ。金額はみるみる跳ね上がり、今では三千万円という額が示されている。私のようなお一人様ですら二千万円必要で、残り十年余りでそこまで貯蓄できるはずもなく、取材をしながら自分のことが心配になった。読者にとっても、ただ不安を煽るだけの記事にならないだろうか? 特集記事の出来映えに納得いかない気持ちが芽生えてきた。
 高熱費や家賃に食料費など、一人分と二人分がさほど変わりないとしたら、二人でそれを折半して出し合った方が効率的だろう。それに、一人で老後を過ごすのは淋しすぎる。一人身が淋しいだなんて、四十代の頃には全く感じなかった。それまでつるんでいた女友達が、一抜け、二抜けしていった時にも、むしろこれから結婚していく友人を気の毒に思ったものだった。

 用意周到にやってきたつもりだったけれど、ここへきて、あまりにも無防備すぎたのではないかと後悔する時が増えた。そのきっかけとなったのは、感染症だった。
 高熱を出して一週間も仕事を休んでしまった。迷惑をかけると思うと誰にも頼ることができず、たまたま家にあったゼリーとクラッカーをようやく少しずつ口にして凌いだ。病院に行こうにも、移動する体力がない。電車や地下鉄に乗ることなど不可能である。タクシーを呼ぼうにも、感染症の客を乗せるのは抵抗があるだろうと思うと予約もできずにいた。ロキソニンだけが頼りだった。
 宇宙の塵になって漂っているかのような不安。煌めいた世界に身を置いてみたいと出版社に就職し、雑誌を創刊し、その先も輝く道が続いているかのように思っていた。「完璧な人生」を送るつもりでいたのだ。しかし現実は暗闇の中で、自分がどこにいるのかすら分からない。五十歳になってみないとわからない感情があるのだと、思い知った。

 取材先の「日の出保険」にお礼の電話をかけた時のことを思い出した。
「木村さん、実はね、ゲームの課金制度と同じで、平均寿命よりも長生きしようと思ったら、さらに千五百万円必要なんです」
 担当者の言葉が胸に突き刺さり、見出しを急遽変更したのだ。人生は、課金をしないと満足に最期までロールプレイができないのか? 
 「より良く生きよう」とするならば、千五百万円を超える額が必要なのだろう。どの程度、課金できるかによって死ぬまでの時間の過ごし方が変わる。デフォルトの服装、デフォルトの髪型、デフォルトのメイクのまま死んでいくのかもしれない。
 投資信託や積み立てNISA、iDeCoなどに上手に着手していたら、もう少し自分の人生に課金できたのかもしれない。賢くお金を運用するべきだったと思うとやりきれなかった。もう間に合わない。苦手分野を後回しにしたつけが回ってきたのだ。
「木村さん、顔色悪いですけど、まだやっていきますか?」
「あ、もう上がります」
「ポットの電源よろしくお願いします。では、お先に」
 同僚の溝口さんの言葉に我に返った私は、デスクの上を片付けた。次の特集の資料が散乱していた。「老後に住みたい場所ランキング」という言葉が虚しく目に映った。ノートPCをシャットダウンする音が、誰もいなくなったフロアに響く。

 溝口さんがくれたソーダ味の飴を口に放り込むと、ポットを空にして電源を抜いた。彼女は、まだ幼い我が子が電車の中で泣き出した時のために、飴を数種、持ち歩いているらしい。仕事上でも常に先を見通す、彼女らしい備えだ。空調を切った八月間近のオフィスは、途端に蒸し暑くなった。
 地下鉄に揺られながら、移りゆく窓の夜景を眺めていると、しばしば考え込んでしまうことがある。「私はどこに向かっているのだろう?」「より良く生きよう」と思っていたのは過去の話。目的地を知らずに乗ってしまった人生に嫌けが刺す。
「これ以上、売り上げ部数が減ったら廃刊必死だからね」  
 編集長から顔を合わせる度に言われている。三十代のうちに看板雑誌を築いて順調に売り上げ部数を伸ばしてきたというのに、時代は変わってしまったのだ。雑誌から情報を得るよりも、ネットから情報を集める時代にシフトしてしまった。看板雑誌ですら、部数が伸び悩み下降するばかりなのだ。この雑誌を廃刊にするくらいなら、仕事も辞めてしまおうか? そんな思いが浮かんでは消える。

 気持ちを紛らわそうと開いたブログにイイネが三つ付いていた。このうちの一つは、一ヶ月ほど前からよく見かける人。アカ名は「蓮おじ」、時々コメントも残してくれる。七月から始めたフラワーアレンジメントを紹介する投稿に「美しい花のアレンジですね」「こんな風に、花の個性を生かせるのは素晴らしい」といった温かい言葉を掛けてくれる。
 欠乏していた何かを潤してくれた。ソーダ味の飴のように、私のささくれて乾いてしまった心を少しだけ溶かして弾かせてくれた。

「今回の記事で、部数が伸びなかったら廃刊にまた一歩近づくな」
 最近の霧島編集長の言葉は、励ましを超えてパワハラではないかと感じる。緩くウエーブした髪の毛は、編集長というよりも、気難しい作家のように見える。切れ長の瞳はいつも鋭い光を宿して、常に真偽を暴こうとしているかのようだ。それでいて、時折見せる無邪気な笑顔と、落ち着いた話しぶりが周囲に好感を与えている。
 私は電車の窓に映った五十代の自分の顔を眺めながら、若かりし日の自分を思い出した。そして霧島部長の若い頃の風貌も脳裏に浮かんできた。
 彼の髪がさらさらのストレートだった三十代、四十代の頃、難局を一緒に乗り越えてきたというのに・・・・・・。以前は一緒に飲みに行ったりもする仲だったのだ。もっと親密だった時代もある。今、廃刊の危機に瀕しているこの雑誌「ウーマンズアイ」だって霧島君と三十代の頃に立ち上げた雑誌なのだ。苦労して、一緒に創刊した雑誌への愛情まで失ってしまったのだろうか? 雑誌への愛も、私たちの関係も――本物だった、と思いたい。

 あの頃私は、霧島君に騙されていたのだろうか?


 焼き鳥しかない居酒屋は、定番の店だった。大将に「お任せ」と言うだけで安くて美味しい串物を次々に出してくれた。私は豚バラの梅肉巻きが好きだった。霧島君は、軟骨ばかり追加でよく頼む人だった。「取りあえず生ビール」で威勢良く乾杯すると彼の演説は始まる。
「やっぱり雑誌はさ、小説とか、自己啓発書とは違って、社会の今を切り取っている書籍なんだよ。だから僕は価値があると思う」
「霧島君、私も同感よ。毎月のトレンドや、これから来る流行をパッケージングして読者に届けるのってやりがいがあるもの」
「莉子ならそう言ってくれると思った」
 熱弁のテーマがいくつも変わっていくうちに、いつしか飲み物も変わっていく。飲みかけのチューハイで乾杯して、終電まで語り合った。まだネットが今ほど普及していなかった二十年前、人々は雑誌からトレンドをリサーチしていたのだ。
 だから、時代の流行を創っているような実感があり、それが自分の使命だと思うことができた。今や編集長に上り詰めた霧島君は、当時は良き理解者だった。


 正午を知らせる時報が鳴った。人々は昼食を求めて一斉に動き出した。私は社内コンビニに向かっていた。前方から霧島編集長の姿が見える。深々とした会釈で通り過ぎようとすると、呼び止められた。
「ねえ莉子さん、今月号の特集記事『お一人様の外食事情』に関する読者アンケート見たよ。すこぶる不評だったね。これでは、お一人様でいることが悪のようだ。この記事を読んだ読者は、馬鹿にされたような気分になる。結構、辛辣な言葉が届いていたよ」
 霧島編集長の言葉に絶句した。私はそこに自分を投影していただけなのに・・・・・・。
「事実を書けばいいわけじゃないんだ。僕たちは、読者に情報を与えているのではなく、現実に立ち向かうための処方箋を与えているんだよ」
 霧島編集長の視線がまっすぐ私に向かってくるのを感じた。下を向いたまま言葉を発することができなかった。八月号のこの記事は、読者からの共感が得られるものと自信があったのだ。
「莉子ちゃん、時代は変わってしまったんだよ。昔の雑誌のライバルは、他社雑誌や小説や自己啓発本だったけど、今はネット情報と競い合わなくてはいけない」
 それは充分承知しているのだ。私だってネットでググる生活をしている。「雑誌にしかできないことって何?」毎日、同じ問いを自分に課している。手に取って紙の質感を確かめながら読むこと以外にだってあるはずなのだ。リアルで率直な内容こそが雑誌に求める目的であるべきではないのか? 夢を売ってどうする? 甘い包み紙でくるまれたその処方箋が、読者をミスリードに導く可能性だってある。霧島編集長の険しい顔を見ていたら、次々に反発する言葉が渦巻いた。だが、敢えて口に出さなかった。今の彼は、かつての霧島君ではないのだ。会社の利益を優先する編集長としての彼とは、敵対する間柄となってしまった。
 会釈をして、霧島編集長の前を立ち去った。かつて、心も体も通い合っていた仲だったなんて思えないほど凍り付いている。彼と仕事で会う度に、会話を交わす度に、私は疲弊していった。あの甘美な日々の彼はもういないのだという事実を、嫌というほど突きつけられるからだ。


尚、この物語は「詐欺行為」を肯定するものではありません。

【小説】「騙される快楽」第二話

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【小説】「騙される快楽」第五話

【小説】「騙される快楽」第六話・エピローグ