要領がいい人と悪い人の違いは、たった1つだった |効率化|要領|仕事術
要領がいい人と悪い人は何が違うのだろうか。
今日はそこを分解して考えてみました。
みんな帰ったオフィスで、僕だけ資料を直していた
新人の頃の話です。
金曜の夕方、オフィスの照明が半分落ちて、周りの席は帰り支度が始まっていた。
僕はまだ、月曜に出す資料を直していた。
グラフの色を揃えて、フォントの大きさを1ptだけ下げて、注釈の「てにをは」を読み返して。
一枚のスライドに、全部の力を入れていた。
隣を通りかかった先輩が、画面をちらっと見て言った。
「それ、そこまでやらなくていいよ」
悪気はなかったと思う。
でも、帰りの電車で、その言葉だけがずっと残っていた。
真面目に、言われた通り丁寧にやっているだけなのに。
なんで自分は、いつも「やりすぎ」なんだろう、と。
「要領よくやれ」の、"よく"の中身が分からなかった
それから何度も、「要領よくやって」と言われた。
でも、この言葉がずっと苦手だった。
だって、手を抜いていい場所が、そもそも分からない。
全部を100%でやろうとして、いつも時間切れになる。
大事じゃないところにまで全力を出して、肝心なところで力尽きる。
世の中では、要領がいい人は「センスがある」「地頭がいい」と言われる。
逆に、要領が悪い人は「不器用」で片付けられる。
つまり、生まれつきの才能の差。
そう言われると、もう打つ手がない気がしてくる。
真面目にやればやるほど、報われない。
その感覚だけが、ずっと胸に残っていた。
職業病で、「要領」を分解してみた
僕はデータ分析の仕事柄、曖昧な言葉が出てくると、つい分解したくなる。
それで、「要領がいい」も分解してみた。
すると、少なくとも3つの、別々の能力が混ざっていた。
①優先順位づけ
何から手をつけるか。どれが今日で、どれが来週でいいか。順番を決める力。
②力の配分(手の抜きどころ)
どこに全力を出して、どこを流すか。100点でなくていい場所を見極める力。
③段取り・並行
先を読んで、複数のことを同時に走らせる力。待ち時間に別の作業を差し込む、あの感覚。
「要領がいい人」と言われる人は、たぶんこの3つを、無意識にまとめて処理している。
だから「センス」に見える。
でも、分けてみると、それぞれは別々のスキルだ。
まとめて「才能」と呼ぶには、雑すぎる。
分解したら、僕が壊滅的なのは②だけだった
分けてみて、少しだけ気が楽になった。
①の優先順位づけは、実はそこまで苦手じゃない。
分析の仕事は、限られた時間で「どの切り口から見るか」を決める連続なので、順番を組むのはむしろ得意な方だ。
③の段取り・並行も、まあ人並みにはできる。
問題は、②だった。
どこを流していいか、という判断が、苦手だ。
全部に意味があるわけじゃないのは、頭では分かっている。
それでも、不安で、細部まで手を入れてしまう。
誰も見ない注釈も、キーメッセージと同じ熱量で直してしまう。
要領がいい/悪いの差は、才能の差じゃなかった。
僕の場合、3つのうち②の一箇所が、ごっそり抜けていただけだった。
ただ、ここで一つ、正直に書いておきたいことがある。
「じゃあ②を直せばいい」と、そう簡単に言えないのが、この話の厄介なところだ。

なぜ、手を抜けないのか
「手を抜けばいい」は、正論だ。
でも、正論で動けるなら、最初から困っていない。
なんで自分は、どうでもいいところにまで全力を出してしまうのか。
それを、また分解してみた。
出てきたのは、能力の話じゃなくて、感情の話だった。
「ちゃんとやってない人だと思われたくない」
これが、根っこにあった。
注釈の「てにをは」を直しているとき、僕が守っていたのは資料の質じゃない。
「雑な人」だと思われることへの、恐怖だった。
だから、手を抜くという行為そのものが、怖い。
手を抜いた一箇所を、誰かに見つけられる気がしてしまう。
要領の悪さの正体は、スキル不足の顔をした、不安だった。
……ここまで書いて、自分でも「重症だな」と思う。
②は「センス」じゃなくて「判断」だった
ここからが、少しだけ前に進んだ話だ。
②を、才能だと思っている限り、どうしようもない。
でも、あるとき気づいた。
僕は仕事の判断では、無意識に「力を抜く場所」を決めていた。
たとえば、分析の切り口。
どの角度から見るかは、迷ったらまず一本引いてみる。
違ったら、引き直せばいい。
でも、集計の"前提"――誰を母数に入れるか――だけは、最初に時間をかけて決める。
ここを間違えると、そのあとの分析が、全部やり直しになるから。
つまり、「考えてもしょうがないこと」と「ちゃんと考えるべきこと」を、勝手に仕分けていた。
これは、センスじゃない。
可逆か不可逆か、影響が大きいか小さいか、で流す場所を決める「判断」だ。
それからは、資料を作るとき、迷ったら一度、自分に聞くようになった。
「これを手を抜いたら、致命傷になるか?」
キーメッセージは、なる。だから全力でやる。
誰も見ない注釈は、ならない。だから、流す。
ただ、正直に書くと、これでもうまくいかないことがある。
「致命傷にはならない」と分かっていても、流すと決めた注釈で、つい手が止まる。
「ここ、雑って思われないかな」と、また触りたくなる。
判断で線は引けても、感情は残る。
そういう、中途半端な変化だった。
さいごに
要領がいい/悪いは、生まれつきのセンスの話だと思っていた。
でも、分解してみたら、才能の差じゃなかった。
3つあるうちの、②「手の抜きどころ」という一箇所が抜けていただけ。
しかも、それは能力じゃなくて、判断で設計できるものだった。
そう分かってから、少しは楽になった。
とはいえ、今も、流すと決めた場所で手が止まる。
完璧に手を抜ける日は、たぶん一生こない気がする。
でも、「才能がないから無理」と「判断の一箇所が弱いだけ」では、立っている場所がまるで違う。
前者は、諦めるしかない。
後者は、少なくとも、どこを触ればいいか分かっている。
僕にとっては、それだけで十分だった。
もしあなたも「要領が悪い」と言われて、真面目にやってるのに報われないと感じているなら。
一度、その「要領」を、3つに分けてみてほしい。
案外、全部がダメなわけじゃないかもしれない。
普段は、仕事の中で感じたことや考えたことを、データ分析者の視点で書いています。
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「手を抜けない」の根っこにある完璧主義については、こちらでも書いています。
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それではまた次の記事で。
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