シアター2と溶け合うとき
子どもの頃、ドラえもんやクレヨンしんちゃんの映画に連れて行ってもらっても、観ていると原因不明の頭痛と吐き気に襲われ、必ず途中で出てトイレに駆け込んだ。その後、ロビーで兄弟が出てくるのを待つこと数度、私の足は映画館から遠のいた。
そこから何年か経ち、いつの間にか映画館にも慣れ、「格好いい趣味を作りたい」という理由で映画を見始めたのが18歳の頃。当時の麻雀仲間に、ラジオ番組『ライムスター宇多丸のウィークエンド・シャッフル』の映画批評が面白いと聞き、この番組をきっかけにさらにのめり込むようになる。
平日は1時間近くかかる電車通勤中にアマプラなどの配信で映画を観て、週末になると当時住んでいた東京・板橋から通いやすい池袋や新宿の映画館で公開されている新作映画や、ミニシアターでしかかかっていない映画、あるいは都内の名画座で見られる映画をチェックし、気になるところに足を運んだ。多い年で130本余り、そしてその半数以上を映画館で鑑賞したこともあった。中でも名画座は安く、しかも2本立てで観られる場所が多いため重宝した。
サブスクに入っているならその方が安く、何本立てでも自由ではないか、と思われるかもしれないが、サブスクはサブスクである。
あれから時が経ち、名画座の無い地方に引っ越した今では、年に20本も観れば多い方。それでもスクリーンで観たいSF大作や、好きな監督の新作が出た時は遠くの映画館に向かう。
「映画体験」という言葉がよく使われる。映画のストーリーだけでなく、人工的な暗闇の中にそびえ立つ大画面や物理的に胸に響く音響で観る映像に価値があるということ。しかし私は「映画館体験」という表現の方がしっくりくる。他の観客と一緒に笑ったり泣いたり、途中でスマホを開く人(意外と中高年に多い)にイライラしたり。
様々な映画館体験の中でも最上位にくるのが、椅子である。生活の中で、あのような柔らかく座りやすい椅子に座ることは、映画館以外にはそうそうない。2000円にまでなった映画チケット。私にとってその価値のほとんどはあの椅子である。渋谷のアップリンクかどこかで、満員のために最後列に出された丸椅子に座って観たことがあったが、睡魔は腰痛の影に隠れて1秒も顔を見せなかった。
通常の映画館のあの椅子は、あまりに座り心地が良すぎて眠くなってしまうのが玉に瑕である。
その対策は前の晩早く寝ることから始まる。そして当日は10時台や17時台の回を選ぶなど、食事直後の回にしない工夫が必要である。絶対に寝たくないが13時からしかない場合は、朝も昼も食べない。
映画前に食事をしない理由がもう1つある。
「美味いけど近くにない」で有名なバーガーキングに初めて行った時のことである。念願叶ったバーガーキングのワッパーは、噂に違わず粗挽きのパティがジューシーで、小さな感動を覚えた。幸福で満たされた胃袋を抱えて、とある好きなスパイ映画の続編を観に映画館に向かった。
観ていると間もなく、悪役のボスが、ヘマをした部下を食肉加工用のマシンでミンチにするシーンが出てくる。この映画の年齢制限はPG12(12歳未満は保護者の助言・指導が必要)であり、ブラックコメディ的な雰囲気も漂っているためグロテスクさはかなり控えめな描写ではある。しかしその後、そのミンチを使った肉厚で見た目にもジューシーそうな人肉チーズバーガーを作って、また別の部下に食べさせたのだ。
幸福で満たされていたはずの胃袋から、途端に動物の脂臭が食道を通って上昇してくる。ドラえもん以来の吐き気が喉元まで迫ったものの、すっかり成長しきった筋肉で喉を締めてやり過ごした。
かくして映画前の食事を避けるようになったのだが、それでも寝る時は寝る。
しかしなぜ映画館で眠りに落ちるというのはあんなにも気持ちが良いのか。
座っていればもう一周して観られる名画座ではなく、年に数えられるほどしか映画館に通わなくなったにもかかわらず、椅子と暗闇と私の体温が融和したときに襲ってくる麻酔のような睡魔に抗えず、意思に反して身を委ねてしまう。
飲んではいけない酒が美味いように、人の世から浮気がなくならないように、自身に対する甘やかな背徳が、金を払って寝るという行為にはある。
