闇の中の寛子と、明治通りのゴリラ
なんだか今日は、猛烈にイライラしている。
原因はわからない。ホルモンバランスの乱れか、それとも気圧だか自律神経だか。とにかく、私の内なるチェ・ホンマンが暴れ出している。
しかし、この怒りという感情は、悪い意味で凄まじいエネルギーを秘めている。今日は、仕事中にいつもより明らかにデカい声が出た。「おはようございます!」の「す!」の破裂音だけで、教室の植木鉢を数ミリ動かした自負がある。イライラしていると全身の筋肉に謎のブーストがかかり、エネルギーがみなぎるのだ。繰り返すが、完全に悪い意味で、である。
私は昔から、この「怒り」という感情の扱いどうにも苦手だ。『アンガーマネジメント』の本を読んだことがある。そこには「イラッとしたら、心の中で6秒数えましょう。怒りのピークは6秒しか続かないからです」などと、お花畑のようなライフハックが書かれていた。
冗談を言ってはいけない。私の怒りを舐めないでほしい。こちらの怒りは6秒はおろか、10000秒数えたところで現役バリバリである。むしろ数えている間に「なんで私が数を数えなきゃいけないんだ」という新たな怒りの火種が着火する。私にはストレスを受け流す心の引き出しが、あまりにも少なすぎるのだ。
思えば、子どもの頃からそうだった。
当時編み出したストレス解消法は、『深夜、布団を頭からかぶってSPEEDのWake Me Up!を熱唱する』というものだった。島袋寛子さんのあの突き抜けるような高音を、喉がちぎれんばかりに大声で熱唱するとすこぶるスッキリした。
しかし至福の時間は長くは続かない。部屋のドアがバァン!と開き、弟が「うるさいからやめろオオオ!!!」と怒鳴り込んできたのだ。
防音壁のつもりだった布団は、まったくの無力だった。私の寛子は、壁を軽々と突き抜けていたらしい。恥ずかしすぎた。
大人になっても、引き出しの少なさは相変わらずだった。結婚前、渋谷でのデート中に当時付き合っていた彼氏(現在の夫)と派手な喧嘩をした。怒りのメーターが限界突破した私は、何を血迷ったかそのまま上野動物園まで歩くという暴挙に出た。
渋谷から上野。距離にして約10キロ。
なぜ目的地を動物園にしたのかは、当時の私にしかわからない。おそらく、本能が野生を求めていたのだろう。怒りで顔をゴリラのように歪ませ、周囲の通行人を威嚇するかのように腕をブンブンと前後に振り回しながら、一心不乱に明治通りを北上する女。すれ違う人々はさぞ恐怖したことだろう。あの時の私は、東京の治安を脅かす最大の不審者だった。
そしてさらに大人になった今、私は飲酒という最も安易で最も良くないストレス発散法に手を出している。「ほろよいしか飲めない♡」みたいな可愛い酒弱女子であれば、まだ救いはあった。しかし残念なことに、私はとてつもなく酒に強い。
サイゼリヤの白マグナムを1人で飲み干したところで、意識は1ミリもブレない。脳はむしろ冴え渡っている。ただただ翌朝むくんだ顔と、健康診断の数値を心配する自分が残るだけだ。コスパが悪いにもほどがある。
そんな私が行き着いた、最新にして至高の癒やし。それは、娘たちのほっぺたの匂いを吸引することだ。我が姉妹は、それぞれ異なる香ばしさを放っている。
長女: ほんのりとした、滋味深い大豆の匂い
次女: 素朴なコッペパンの匂い
イライラが頂点に達した時、この大豆とコッペパンに交互に顔を埋め、クンクンと匂いを吸い込む。するとどうだろう。脳内から何かしらのハッピー物質が分泌され、さっきまでの怒りがふっとほどけていく。
唯一の難点は、その光景が客観的に見て、完全に『事案』一歩手前なことくらいだ。
そして現在の私が、チェ・ホンマンを鎮める方法として猛烈にやりたいこと。それは『かわらけ投げ』だ。厄除けという大義名分を掲げながら合法的にお皿を投げられるなんて、あんなに素晴らしいエンターテインメントが他にあるだろうか。全盛期のSPEEDばりの高音で「Wake Me Up!」と叫びながら、お皿をフリスビーのように投げ飛ばしたい。
.........私は何を言っていますか。
(終)
