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【おはなし】金魚すくい


いつもお付き合い下さりありがとうございます。周りでは花粉症からカゼに移行する人がチラホラいます。私も危ないかな⋯
どうぞご自愛くださいませ。良い1日を!


〜フィクション 6900字程度〜


山裾にある昔ながらの家屋。庭に咲くサンシュユの花が赤子のように笑っている。
ひんやりと翳った土間にある瑠璃色の花瓶に、しゃんと背筋を伸ばした黄色の水仙が生けられている。

「勇じいただいま」

重いリュックを部屋に置き、縁側に小走りして窓を開ける。春風と草木花の、微かな甘い香りが心をくすぐると、私はそこはかとない安らぎに包まれる。 
暖かな陽気に満ちた縁側。陽射しを含んだ座布団を枕代わりに、ごろんと寝転んでしおりが挟まれたページを開く。
これが私の、お気に入りの時間。

「晴子、やっぱりここにいたんか。おいで、おやつにしよう。」
「わぁ。今日のおやつ何?」
「タルトタタンさ」

静ばあは一昨年、夫であり私の祖父である勇じいを亡くし、今はひとり野良仕事に精を出している。
縁側のある仏間には、勇じいの遺影が優しい目をして笑っている。
私は毎晩勇じいに、1日を無事終えることができた感謝と、明日という日がすべての命にとって幸せな日であるよう祈っている。

「やっとこさ全部使ってしまえたァ。これなら近所のみんなにも配って回れるよ」
「えっ、りんごジャムも作ったの?みんな喜ぶね、静ばあは何でも美味しく作るから」
「晴子にも教えてやっからな。ちょーっとしたコツがあるんだ。企業秘密だでな。」
「うん。厳守しますよ。静ばあのレシピ知りたいもん」 
「そうかァ。これ、あとで夕子の処にも持ってってあげな」

おやつを食べ終わると、私は歩いて10分とかからない夕ちゃんの家まで自転車をこいだ。
夕暮れ時、名前も知らない鳥たちが風を描きながら、今を惜しむように飛んでいる。
あの子たちはどこに家があるのだろう。

「こんばんはー。夕ちゃーん、いますかー」

チャイムを鳴らすと、私はドアホンに向かって声のボリュームを落として呼びかけた。駐車場には車が停まっている。お出かけはしていないようだ。

「こんばんはー」

タイミングをみながら何度か呼びかけていると、ポッと玄関の明かりが灯った。ドアの明かり取りにぼうっと誰かの影が映り、カチャッと鍵が開けられた。

「あ、こんばんは。夕ちゃんいますか?静ばあが作ったおやつを届けに来ました」
「ああ。⋯⋯⋯⋯⋯⋯おい、夕ーーー。夕ーー―ー!」

奥に消えたおじさんが、何度か夕ちゃんを呼ぶ声がした。ゲームでもしているのだろうか。
しばらくすると、ふわふわのバスタオルで髪をふきながら頬を赤く染めた夕ちゃんがやってきた。シャンプーの良い香りが、玄関中に広がる。

「晴ちゃんごめん、お風呂入ってた!」
「ごめんごめん!お風呂だったのに」
「ううん。ちょうど出たとこだったからいいよ。晴ちゃん、どうしたの?」
「あ。これね、静ばあが夕ちゃんに届けてって」
「静ばあ?何これ何これ」
「タルトタタンとりんごジャムだよ。すっっごく美味しかった!」
「わぁ、本当?⋯ありがとう!静ばあにもありがとうって言っといて!」
「うん。あ、でね。静ばあが今度、わらび取りに行こうって」
「えっ、行きたい!行く行く!晴ちゃんも来るでしょ?」
「うん、もちろん!」
「楽しみー!いっぱい引っこ抜くぞっ」
「ははっ、じゃあ、勝負しよう!」
「夕が勝つもんねー」
「それはどうかな?」
「絶対勝つもーん」






山並が美しく望める小さな山。
たっぷり栄養を含んだ土の匂いと、どこか懐かしい草の匂いを胸いっぱいに吸いこむ。
眼下を見下ろせば、静ばあの家が小さく見える。ぽつぽつ点在する民家のある田園風景。
まだ此処にきて長くないけれど、私はこの風景が気に入っている。

「晴ちゃん、こっちこっち!」
「⋯はぁーい!⋯⋯⋯ぅわっ」
「ははは、そこぬかるんでるから気ぃつけぇ。慌てなくてもわらびは逃げんからな」
「静ばあー!採ってもいい?」
「ええよー、なるべく根元から採りー」  

地面から上がってくるぽかぽかした熱気が身体を包む。風の言葉を聴きながら空を見上げると、雲ひとつ無い空も、私を見ていることに気がついた。雑草の陰を歩く小さな蜘蛛が、ときどきピョンと小さく跳んでいる。 
  
「静ばあ!この穴なにー?」 
「えー?なんかあるかー?」
「たまに土に穴が開いてるー!」 
「そりゃモグラだろう、自分も引っこ抜かれちゃたまらないって隠れたのさァ」
「えぇー?モグラなんて取らないよ」
「はははっ、ねー」

静ばあは、傍らに私たちを遊ばせながら、せっせと畑仕事をしていた。何かを植えたら水をあげるというくらいのことは知っていたけれど、どうやら畑というのは、植えたらそれで終わりというわけにはいかないようだ。
でもそれが良い刺激になったり、体力維持に繋がっているせいか、静ばあは歳をとっても元気いっぱいだ。

籠いっぱいのわらび。一日中日差しのもとで過ごした私たち。けっこうクタクタになったけれど、今夜は夕ちゃんがここにお泊りする。滅多にあることじゃない⋯というか、初めてのこと。
私たちは嬉しくて嬉しくて、いっぱいはしゃいで、静ばあの炊き込みご飯を、お腹いっぱいおかわりして、いっぱい笑った。

「晴ちゃんのシャンプーいいなぁ。いつもより髪がツルツル」
「え、夕ちゃん、そんなこと思うんだ」 
「え?どうして?」
「私が夕ちゃんの頃は、そんなこと考えたこともなかったから」
「けっこう友達とも話すよ。何使ってるとか、これオススメとか」
「ふうん⋯おませさんだねぇ」
「普通だよ。⋯ねぇ、晴ちゃんて生理来てる?」
「うん」
「それって何年生のとき?」
「うーんと⋯小6かな」 
「そうなんだ。怖かった?」
「びっくりした⋯!でも学校で教わってたから、そんなには」
「そっかぁ。夕の友達でも何人かいるんだ。その話題のときは話に混ざれないから、夕も早く来てほしいけど⋯でも怖いの」
「そうだね、そればっかりは個人差があるからなぁ。」
「はぁ⋯なんで生理なんてあるのかなぁ⋯。
また色々教えて!晴ちゃんがいてよかったぁ」





2ーA。
教室の黒板に雑な裸体が描かれている。私は淡々とそれを消して担任を待つ。

「おはよう、おお。今日は画家、休みかぁ」
「いまーす。治安維持で晴子さんに消されましたぁ」

アハハハ⋯!
雑談の中、くだけた雰囲気でホームルームが始まる。別に優等生でありたいわけではない。私は私に与えられた持ち場をソツなくこなすだけ。
教室の窓際の後ろから2番目の席。私はここから見える木々の揺らめきや、飛行機雲を眺めるのが好きだ。

休み時間には席を立たずに本を読む。本さえあれば一人でいることも苦にならない。流行りのメイクの話や恋愛の話より、小さな本の中に広がる果てしない物語の世界に出かけたい。
私の手にする物語では、孤軍奮闘する主人公に出会うことが多い。そこに私の心を重ねるとき、それは大きな翼をたずさえた鳥になって青空を羽ばたいていく。
上を見ればキリはなく、下を見てもキリはない。与えられた場所で、静ばあのようにお日様に手を合わせながら行くだけ。

「ハァッ⋯。細かいの読んでるね!」
 
急に空から降ってきた声に、自分の現在地を忘れていたことに気がつく。読書していると、ついつい本の世界に浸り過ぎてしまうところがある。顔を上げたら、綾さんが驚いた微笑みを浮かべて立っていた。

「あ、ああ⋯びっくりした。綾さんか」
「そんな細かいの、私は1ページも読まないうちに寝ちゃうな。」
「⋯それなら、子守唄がわりにどう?意外とハマって寝れなかったりして」
「あー。いいいい。私は漫画が好きなんだ。こう、視覚で揺さぶられるかんじ?」
「へぇ⋯。視覚で揺さぶられる漫画⋯気になるな」
「あ、逆に興味持たせちゃったか」

綾さんは、通路を挟んだ隣の席の子。授業で分からないところをお互いに聞いたり、宿題ノートを見せ合う程度の交流がある。出席番号も前後だから、他の人と比べればいちばん話す機会があるのかもしれない。

「ねぇ、夏休み一緒に夜祭り行かない?」
「夜祭り?」
「うん。商店街から橋までズラッと屋台が並ぶから。まだ行ったことないでしょ?」





生ぬるい風が心地よい、田舎の夏の夜。
この日のために、静ばあが人づてに浴衣を調達してくれた。畑仕事を早めに片付けてくれた静ばあに着付けもしてもらい、浴衣の水仙の柄と同じ色の、小さな髪飾りを付けた。

「晴子は母さんに似てべっぴんさんや」

橋の袂にある柳の木の下で、綾さんと待ち合わせた。浴衣を着て、いつもはしないようなヘアアレンジをすると何だか気恥ずかしい。
ただ夜祭に行くだけなのに、張り切りすぎではないかと不安になる。

「晴さーん、お待たせー」

背の高い綾さんは、紺のシックで風流な浴衣を着て現れた。ショートボブを後ろでハーフアップして髪飾りを付けている。

「綾さん、すごく似合ってる。綺麗!」
「ほんと?この浴衣渋くない?姉ちゃんのお下がりでさ。もっと可愛いのが好みなんだけど」

町には盆踊りの民謡がこだましている。
「ねぇ、踊ろうよ!」綾さんに手を引かれ、見様見まねで踊ってみる。最初はテンポがズレていたけれど、慣れてくると調子が出てくる。何よりこういうのは、上手い下手ではなく「同じ阿呆あほなら踊らにゃ損々」だ。

私たちの目の前に、ヒョットコのお面を被ったおじさんがいる。しなを作って熟れた感じで踊っていると思いきや、途中おどけて妙にヘンテコな動きをしてみたり、私たちを本気で笑わせにかかってくる。

「ヤバ⋯!」
「ははは、笑わせないでー」
「あはははっ⋯!」





「⋯はぁー、楽しかったねー。ラムネ売り切れ寸前で買えて良かったね」
「ほんと。⋯ははっ、滝汗!」
「あー暑ー。⋯⋯⋯あっ、夕ちゃん!」
「おーい!晴ちゃん!来てたの!?」



知っている顔に出会う。狭い田舎のイベント事ではよくあることだ。
そろそろ夜祭りも終わっていく。夕ちゃんに誘われて、みんなで走って金魚すくいに向かった。

「これ、すぐ破けるんだよね」
「絶対一匹はすくいたい!」
「よーし」
「⋯⋯⋯あっ、逃げないで逃げないで⋯」
「この子狙おう⋯⋯⋯あ〜逃げ足早っ」
「⋯⋯あーあ⋯⋯破けた」
「かろうじてまだいける⋯⋯⋯あっ⋯」
「⋯⋯?晴ちゃん、すくわないの?」
「⋯⋯⋯⋯⋯⋯⋯⋯⋯」
「え。晴さんまだ一度も水に浸けてない」
「⋯⋯⋯⋯⋯⋯⋯⋯⋯⋯⋯⋯⋯⋯⋯⋯⋯⋯」
「⋯⋯⋯⋯⋯あっ!⋯⋯⋯⋯⋯⋯⋯⋯⋯⋯わっ!⋯⋯⋯⋯⋯⋯⋯⋯⋯わぁ!すごーい!!」 
「晴ちゃん3匹目じゃん⋯!」
「凄っ」
「どうしてー!?」
「夕ちゃんのいとこすごーい!」
「いいなぁ。金魚すくい名人!」
「夕も初めて知ったよーすごいよ、晴ちゃん!だいすきー!」
「⋯晴さんにそんな特技があったとは」

結局私は、金魚を5匹すくった。

行き交う人びとは夏を漂っている。幸せそうに浮かれながら。その風景の温度は、今日の私の温度と同じ。この夜と溶け合えたことが嬉しくて楽しくて、私はこの季節のすべてが愛おしくなった。





夏休み明けは、まだ心がまどろみの中でうつらうつらしている。そういえば畑の野菜は大きくなっただろうか。静ばあの畑仕事をそろそろ手伝おう。
漫画好きな綾さんは、なぜか私と行動をともにする。私たちの共通点は⋯⋯席と出席番号が隣同士ということだけ。けれど私も、特別な意味もなく綾さんの隣にいることが、私の特別になってきている。

「トイレ行こう」
「私も行きたかった」

午後の授業は階の違う特別室。向かいがてらトイレに寄ろうとドアノブを回そうとした。――話し声。反射的に手を引っ込める。

「⋯⋯⋯でね、⋯⋯⋯は小さい頃に亡くなってて、⋯⋯で、⋯⋯出て行ったんだって」
「マジー?」
「親が話してたの聞いちゃったんだよね」
「だからおばあちゃんちに住んでるんだ」 
「誰にも言わないでよ」
「まぁでも彼女、本ばっか読んでるし耳に入らないんじゃない?」
「⋯それもそうだね!⋯⋯あ、それ私にも貸してー―。こないだ買ったリップのさぁー――⋯」


「⋯⋯晴さん行こ、別のトイレ」
「⋯⋯」


今さら何も気にしない。
私は、与えられた場所でお日様に手を合わせながら、行くだけ。





「痛ぁっ⋯」
「軍手しぃやー」

秋には静ばあと夕ちゃんと栗拾いをした。静ばあの栗の木は、その年によって甘さが違うらしい。今年は甘いといいな。
パカっと割れたイガは、森の動物に先を越されたのだろうか、中身が空っぽのものもあった。 
私はこのあとの時間も好きだ。一日水に浸けた栗を、静ばあが熱湯に浸したあとで、栗の底に包丁を入れる。テーブルを囲んでおしゃべりしながら3人で鬼皮を剥き、再び熱湯に入れたらまた渋皮を剥く。手間のかかる作業だけれど、綺麗な実が出てくると嬉しくて、いつの間にか集中してしまう。

「二人とも手先が器用だな」 
「え、静ばあ早い」 
「もうそんなに剥いたのー?」
「寝てても剥けるさ」


すべての栗を剥いたら、静ばあが栗ごはんを炊いてくれた。栗がごろごろ入ったホカホカのごはん。私も夕ちゃんもこの栗ごはんが大好きだ。夕ちゃんは私より小さいのに、私よりもおかわりした。自分たちで採って一つ一つ剥いたと思うと、その美味しさは何よりのご褒美だった。

「金魚大きくなってる!どこまで育つの?」
「鯉みたいになったりして」  
「そりゃでっけぇ水槽がいるな」

その翌年も、その翌年も、春にはわらびを採り、秋には栗を拾った。そのうち鯉にまで成長するかと思った金魚は、現在は一匹だけが息を潜めて静かに泳いでいる。   
進学して2年目。相変わらず私は本を読み、自然を愛でている。漫画好きの彼氏ができた綾さんも相変わらず元気。今でもたまに遊んでいる。
 
町で夕ちゃんを見かけた。
お転婆であどけなかった夕ちゃんから、その印象が綺麗に削ぎ落ちてなくなっていた。部活もしている夕ちゃんとは、ここ最近ではめっきり会う機会も無くなっていた。
調子はどうだろう。学校でも元気にやっているのだろうか。元気で社交的な夕ちゃんなら、きっと楽しく過ごしているんだろう。なかなか会えないのは充実している証拠と思って、私は陰ながらエールを送り、想いを馳せていた。

「夕ちゃん!」

駅前の小さなショッピングセンター。
手を振る私と目が合ったと思ったけれど、夕ちゃんは私に気づかず、友達と歩いていってしまった。私は買うつもりだった本を手に取り、そのまま立ち読みした。しばらくすると、夕ちゃんがひとり店の前を通り過ぎるのが見えた。

「夕ちゃん!」
「⋯晴ちゃん」
「部活の帰り?」
「そ」
「元気そうだね」 
「んーまぁ。晴ちゃんは⋯本読んでたの?」
「うん」
「ふぅーん」
「夕ちゃん、日焼けした?」
「えっヤダ、やめてよ。日焼け止め塗ってるんだから。絶対焼けたくないし」
「そっか、ぬかりないね」
「普通だよ。⋯静ばあ元気?」
「最近ちょっと腰が痛いみたい。前よりちょっと動作がゆっくりになってる」
「そっかぁ⋯」
「あ。で、今年も栗拾い行かない?今年は静ばあ腰痛で行けないから、2人で採りに行こうよ」
「あー⋯でも部活とかあるし」
「毎週なの?」
「毎週だよ。⋯⋯⋯ていうか、晴ちゃんて⋯変わらないね。彼氏とかいないの?」
「いないよ。別にほしいとかも思わないし」
「ふーん⋯⋯未だに栗拾いとか」
「⋯変かな」
「別に変じゃないけど⋯夕の友達には晴ちゃんみたいな子いない。それに夕、もっと楽しい遊びしたい」
「⋯そっか。そうだよねっ⋯わかったよ」
「うん。じゃあまたねっ」     
「うん、またね!」


丘から見渡す風景は、季節の移ろいを知らせて暖色に染まっている。秋風が何かを連れ去るように音を立てて吹き荒れた。かろうじて枝に身を寄せていた木の葉たちが、一瞬で空に舞い飛ぶ。
いつかの幸せな風景が幻影となって重なる。ここには静ばあの姿や、はしゃぎ回る夕ちゃんの姿はどこにもない。
モグラの穴を見つけた。私はそこに、静ばあの育てている野菊を一輪、挿した。

「これ全部晴子が拾ったんかい?」
「そうよー」
「まぁ!1年食料買わんでええわ」

静ばあは喜んでくれた。去年までと同じように、一緒におしゃべりしながら皮を剥いた。静ばあとのこんな日々を、あとどれだけ過ごすことができるのだろう。話しながらふっとそんな想いがよぎっては消えた。
どうかこの時間が、ずっと続きますように。

「夕ちゃんの大好物だから、届けてくるね」

炊きたてのごはんを下げて夕ちゃんの家に向かう。いつもの道をいつものように。
電柱の鳥が一羽私を見ている。もう夕暮れ。早くおうちに帰ろう。心の中で話しかける。

「こんばんはー。夕ちゃんいますかー」

車はない。夕ちゃんの自転車はあるから、家にはいるようだ。

「夕ちゃーん」

玄関に明かりが灯り、明かり取りに影が映る。ガチャッと音がしてドアが開いた。

「夕ちゃん。これ、静ばあが炊いた栗ごはん。こないだ一人で拾ってきたんだ」  
「⋯⋯」 
「ごめん、何かしてた?」
「⋯晴ちゃん、悪いけど町とかで私に声かけてこないで」 
「⋯なんで?」
「複雑じゃん。晴ちゃんの家」
「なんで急にそんなこというの?」 
「急にじゃないよ」
「え?」
「前から思ってたよ」
「⋯⋯」
「いちいち友達に聞かれるのも面倒なんだよ」
「⋯⋯⋯」
「それに晴ちゃん、自分の世界しかないじゃん。周りがちっとも見えてない。」
「⋯そんなこと」
「それも一人で採ったんでしょ。⋯全然変わんないじゃん。いつまでも栗とか栗とか栗とかさぁ」
「⋯⋯⋯いくらなんでも⋯」
「何?」
「夕ちゃんでも⋯⋯ひどいよ」
「⋯晴ちゃんには私の気持ちなんてわかんないじゃん!⋯⋯⋯⋯居候のくせに!!」








夕ちゃんの玄関に置いてきたタッパーの、栗ごはんの温かさがまだ手に残っている。



『あーあ。すーぐに破けたよ。晴子は下手だねぇ。黙って待ってて、水面に上がって来たところでサッと掬うのさ。だから破けちまうんだよ。ハッハッハッ⋯!』



いつかの母の声が、響いた。


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