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クラウス・ノミと言うなの先駆者





はじめに

「時代が追いつかなかった男」──クラウス・ノミと、生きるという表現



最初に彼のことを知ったのは、YouTubeのおすすめだった。
画面に映ったその姿は、まるで異星人。
白塗りの顔、鋭角的な衣装、そして信じられないくらい高くて美しい声。

そう、彼の名前は クラウス・ノミ(Klaus Nomi)。



音楽とビジュアルの革命児


クラウス・ノミは、ドイツ出身のカウンターテナー歌手。
1970年代後半のニューヨークで活動し、バロックオペラと電子音楽、そして前衛的なファッションを融合させた唯一無二の存在だった。

代表曲は「Cold Song」「Total Eclipse」「Simple Man」など。

特に「Cold Song」は圧巻。
重厚なクラシックにエレクトロなアレンジを重ね、まるで宇宙の中で泣いているような孤独と美しさがある。

もし彼が今、SNSやYouTubeの時代にいたら、間違いなく世界的バズを起こしていたと思う。



時代が追いつかなかった人


彼は1983年、エイズにより亡くなった。
その時代、病気に対する偏見も強く、ノミの表現は正当に評価されなかった。
でも今、彼の存在は「カルト的な伝説」として、じわじわと輝きを取り戻している。

デヴィッド・ボウイとも共演し、同じく「常識の外で戦うアーティスト」として一目置かれていた。



表現とは何か、生きるとは何か


ノミのような存在を見ると、私は考える。

表現できるならなんでもする。それこそ生きるじゃない。
表現にこだわって動けなくなるなら、それは生きるじゃない。


私は、口が悪かろうが、格好つかなかろうが、

「生きる」をぶれずに書いていたい。
今の時代、「心の病気」が流行ればそういう記事が溢れる。
でも、流行が終わればみんな書かなくなる。

振り回されるのはいつも、悩んでいる人たちだ。

私は、流行には乗らない。
魂のままに、自分の言葉で、たとえ泥まみれになって血反吐はいても、


「生きる」を書いていく。



先駆者たちへ、そしてこれからの私たちへ


ノミ、フレディ・マーキュリー、ボウイ、プリンス、ジョン・レノン──

みんな、自分の表現を信じ、時代より先に立っていた。
でも今の世界は、安全圏で売れることばかりが重視されてる気がする。
そんな中でこそ、「ぶっ飛んでいても、信じたものを貫く」人が必要なんじゃないか。
ただ、ネットやSNSが広がったおかげで、今は昔よりも「ニッチなファン」や「好きな人」が世界中にすぐ見つかるし、そういう意味では、新しいタイプの「唯一無二」も生まれやすくなってると思う。

表現とは、生き様だ。
誰かの理解を待つんじゃない。
自分が、自分のままで火を灯し続けること。

それが、未来を変える唯一の方法だと信じてる。

「本物」じゃなくて、「流行の模倣」になりやすい。


「生きる」とは、誰かになりきることじゃない。


「生きるとは表現すること、そのためならどんな泥も食らう覚悟がある」ってこと。
こだわりすぎて動けなくなるのは、確かに本末転倒。


どんな形でも、自分の声を届けたい。
歌ってもいい、詩を書いてもいい、叫んでもいい。
時には泥まみれになってでも、全力で生きる表現を貫く。




みんなの生き様、そのまま表現に変えていこう。


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佐伯由羅(伏見もなか) とても、とても嬉しく思います。