トレイルカメラを仕掛けて3日目、ヒグマが映った。
昨年9月、北海道での撮影を終えて記した投稿文を読み返した――
甥が撃った鹿の亡骸には、まだ温もりが残っていた。
箱罠には、獣の腐臭が漂っていた。
ハンターは、命を懸ける覚悟を静かに語った。
帰宅してから胸に迫ってきたのは、出来事そのものではなく、生と死が交差した“影”だった。
その後に訪れた登別熊牧場 で目の前にしたヒグマからは、世間が語るような愛嬌を感じ取ることはできなかった。
熊たちの毛はパサつき、目の光は鈍く、どんよりとしていた。
ただ、子熊たちが無邪気に戯れる姿には、微かな愛しさがあった。
恐ろしいものと愛しいもの。
生と死。
野生と文明。
それらは綺麗に分けられるものではなく、同じ世界の中で同時に存在している。
この時すでに、ヒグマカルマ という曖昧模糊とした靄の中で、核は芽吹き始めていたのだと思う。
熊そのものを撮る映画ではない。
人間が、生と死をどう見つめているかを問う映画として。
そして、甥に仕掛けてもらったトレイルカメラには、早速ヒグマが映っていた。
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