両親の離婚、父親との疎遠──父親と向き合う決意をくれた、結婚式と一冊の本
「完璧な親なんていない」という言葉に出会って
「完璧な親など存在しない。
ただ、子どもに寄り添い、誠実に向き合う努力を重ねるだけだ。」
これは、フィリッパ・ペリー著『子どもとの関係が変わる 自分の親に読んでほしかった本』に書かれていた言葉だ。
僕は、結婚式の準備を通じて──ようやくこの言葉の意味を、自分ごととして受け止めるようになった。
23歳のとき、両親は離婚した。
父親の不倫。母が抱え続けた痛み。
あの日、家族会議で父が僕たち息子に向かって言った言葉がある。
「お前らを育てた教育費がもったいない。」
あまりに重く、冷たく、絶望的なその言葉に、
僕は心のどこかで「父親」という存在を、そっと切り離した。
そんな父と、8年の時を経て──結婚式という人生の節目に、もう一度向き合うかもしれない。
これは、そんな僕の、小さな決意の物語だ。
遠ざかった父と、心に刻まれた言葉
8年前のことだった。
両親の離婚。原因は、父親の不倫だった。
父親の裏切りをきっかけに、両親は別居生活に入った。
しかし、父は一向に自分の非を認めようとしなかった。
家族全員が集まった家族会議の席。
そこで父が僕たち息子に向かって放った言葉がある。
「お前らを育てた教育費がもったいない。」
あまりに冷たく、突き放すようなその一言に、
心の中の何かが、はっきりと壊れた。
僕たち三兄弟は、すでに成人していた。
だからこそ、言葉の意味も重みも、痛いほどに理解できた。
それ以来、父とは連絡を絶った。
8年間、一度も会わなかった。
当時は実家暮らしをしており、母親と住居を引っ越した訳だが、当時乗っていた車の住所変更に必要な印鑑証明をもらいに、僕一人で父親に会った。
そのとき父は、「機会があればまた息子たちと会いたい」と言った。
けれど、その言葉に、どこまで本気がこもっていたかはわからなかった。
その後、4年以上にも及ぶ離婚調停が続いた。
母親は精神的なストレスで体調を崩し、高血圧になった。
父親の祖父母一家の不可解な行動や対応も、母に大きな負担をかけた。
結局、去年、離婚は成立した。
母親にとっては、納得とは程遠い、やりきれない形だった。
⸻
振り返れば、
「どうしようもない父親一家だな」
「なぜ素直に謝れなかったんだ」
「せめて、最後くらい、きちんと終わらせろよ」
そんな怒りが、今でも胸にわいてくる。
だけど、僕も今、父親になった。
一人の子どもを育てる大変さを、身をもって知った。
三人の息子を育て上げた父親に、少しだけ、尊敬の気持ちが生まれている自分もいる。
あの父も、父なりに、必死だったのかもしれない。
完璧じゃなくても。
⸻
そして今。
僕の結婚式──三兄弟の最後の結婚式を控えた今、
父親を呼ぶかどうか、という問いに、向き合っている。
正直、父が参列したら、母方の親族は快く思わないだろう。
空気はきっとざわつく。
それでも、
「息子の晴れ姿を見られないのは、どれだけ寂しいだろう」
「これが最後の機会かもしれない」
そんな思いが、僕の中にある。
母親に相談し、父親の連絡先をもらった。
でも、どうアプローチすればいいのか、答えはまだ出ていない。
⸻
尊敬するコーチとのセッションを通じて、
「親自身の中にいる子どもの部分(インナーチャイルド)」に触れる、という新しい視点を得た。
親にも、満たされなかった思いがあり、
それが歪んだ愛情表現になっていたかもしれない。
だからこそ、
まずは自分自身の感情を整理し、父に向き合う準備を整えたい。
結婚式準備と、父親になった僕の心の揺れ
結婚式の準備が、本格的に始まった。
最初は、ただ段取りを決めるだけの作業だと思っていた。
招待リストを作り、式場を選び、進行を考える。
そんな中で、ふと立ち止まる瞬間があった。
──父親を、呼ぶか?
8年前、絶縁した父。
あのとき、迷う余地はなかった。
怒りも、呆れも、悲しみも、すべてを封じて、前を向くしかなかった。
けれど、今。
ゲストリストに大切な人たちの名前を並べながら、
「父」という存在を、完全に無視することができなかった。
⸻
父親になった今だから、少しだけ、わかる。
子どもを育てるというのは、
ただ愛情を注ぐだけじゃ、到底やっていけない。
経済的な責任も、精神的なストレスも、想像以上に重い。
三人の息子を育て上げた父親。
その事実だけは、たとえどんな過去があったとしても、否定できなかった。
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そんなときに読んだ一冊の本がある。
フィリッパ・ペリー著の『子どもとの関係が変わる 自分の親に読んでほしかった本』だ。
そこには、こんな言葉があった。
「完璧な親など存在しない。
ただ、子どもに寄り添い、誠実に向き合う努力を重ねるだけだ。」
思えば、僕は「完璧な父親」を求めていたのかもしれない。
裏切られた怒りの裏側には、
「本当は、ちゃんと向き合ってほしかった」という願いがあった。
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コーチとのセッションでも教わった。
「親自身の中にいる子どもの部分(インナーチャイルド)」が、満たされないまま大人になっていることがある、と。
もしかしたら、父もまた、
自分自身の幼い部分を抱えたまま、必死に生きてきたのかもしれない。
そう思ったとき、
「過去の父」だけを見て、断絶し続けることが、本当に自分の望むことなのか、わからなくなった。
⸻
もちろん、すべてを許せるわけではない。
記憶に刻まれた痛みは、簡単には消えない。
でも、
父に声をかけるかどうか。
父が結婚式に参列できるかどうか。
それは「父のため」だけじゃなく、
「僕自身が、どう生きていきたいか」という問いに、つながっている気がした。
母の本音と、父に向き合うための覚悟
父親を呼ぶかどうか、迷いながらも、僕は母親に相談した。
「正直、どう思う?」
母親は、少しだけ黙って考えたあと、こう言った。
「…泰志が決めたらいいよ。
正直、私は二度と顔を見たくないくらいだけど、
私が決めることじゃないからね。」
母の言葉には、
消えることのない怒りと、深い悲しみが滲んでいた。
それでも、「あなたが決めたらいい」と言ってくれたことが、
僕にとっては大きな支えになった。
母親から、父親の連絡先を受け取った。
けれど、すぐに連絡をするには、心の準備がまだ整っていなかった。
⸻
父親にどうアプローチするか。
ただ表面的に声をかけるだけでは、きっと済まない。
怒りも、哀しみも、期待も、諦めも、
さまざまな感情が、胸の奥で交錯していた。
だからまず、自分自身の感情に、真正面から向き合う必要があった。
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フィリッパ・ペリーの本には、こんな一節があった。
「感情は、抑え込むほど大きくなる。
それよりも、自分自身がどんな感情を持っているのか、まず“気づく”ことが大切だ。」
コーチとのセッションでも、
「親自身の中にいる子どもの部分(インナーチャイルド)」について学んだ。
親もまた、
満たされなかった思いを抱えたまま、大人になっていることがある。
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もしかしたら、
父にも、
満たされないまま押し殺してきた感情があったのかもしれない。
そう考えたとき、
少しだけ、父を一方的に責め続けるだけの気持ちから、距離を取れる気がした。
⸻
父親に声をかけるか。
呼ぶとしたら、式の空気が険悪にならないよう、母方の親族への配慮も必要だ。
まだ迷っている。
けれど、
焦らずに、自分の心と対話しながら、
父に向き合うための言葉を探していきたいと思っている。
許すかどうかじゃない、自分をどう生きるか
まだ、答えは出ていない。
父を呼ぶべきか、呼ばないべきか。
正解は、どこにも書いていない。
ただ一つ、はっきりしているのは、
この問いに向き合うことそのものが、僕にとって必要なプロセスだということだ。
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あなたにも、
心の奥にしまい込んだまま、向き合えていない誰かがいないだろうか。
過去の痛み。
許せなかった言葉。
消化しきれなかった怒りや悲しみ。
もしも今日が、
その人と会える最後のチャンスだとしたら。
あなたは、どんな言葉をかけるだろう?
⸻
フィリッパ・ペリーは、こうも言っている。
「親を許すことは、親のためではなく、自分自身のためだ。」
許す、許さない。
和解する、しない。
それを決めるのは、
過去の出来事ではなく、
今を生きる自分自身なのだと思う。
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結婚式は、
過去をすべて許すための場所じゃない。
でも、
未来に向かって一歩を踏み出すための、
小さなきっかけにはなり得るかもしれない。
⸻
完璧な結末なんていらない。
ただ、
自分自身に正直でいたい。
父との距離を縮めるのか、
やっぱりこのまま別々の道を歩くのか。
どちらを選んでも、
僕は、僕自身の人生を、自分の意志で歩いていく。
そう、静かに心に決めている。
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