若い娘に恋をした
「Love is blind」と描かれていたTシャツを着ていたことがあった。直訳すれば、「恋は盲目」だ。たまたまTシャツ屋で見つけて、いいなと思って着ていただけで、言葉の意味など関係なかった。
解説の必要なんてないのだけれど、恋をすると周りが見えなくなる、みたいな意味の言葉。あばたもえくぼ、も同じような意味で使われる。
恋する気持ちは、寛容と期待と、喜びに満ちているのかもしれない。
11月3日の文化の日、家族で都内に出かけ、港区・六本木の国立新美術館に行った。開催中の「日展」を観るためだ。日展は、モネやピカソといった有名な画家の展覧会とは異なり、国内のアマチュアの芸術家たちが参加する日本最高峰の公募展である。
有名な画家による「あの作品やこの作品」はなく、見ず知らずの一般の人が作り上げた作品が並んでいる。上手い下手は良くわからないが、その時々で社会情勢を反映したような、あるいは全く社会とは離れたような、丁寧で個性的な発信に出会う。
その美術館のそばにあるのが、東京ミッドタウンである。その中に、日本人パティシエの名前が入った、特徴的なパティスリー(ケーキ屋)が2つある。
「パティスリー・サダハル・アオキ・パリ」と「トシ・ヨロイヅカ」である。どちらも、確かな技術と美しい造形が印象的なケーキがある。
とあるコーヒーショップで食べたケーキが印象的だった「トシ・ヨロイヅカ」で、是非とも買いたいケーキがあった。
700字近くを使って、ここまで書いてきたが、もうお分かりの方もいるだろう。栗が主役のケーキ「モンブラン」を求めていたのである。
季節柄、ショーケースには栗を使ったケーキがいくつも並んでいた。モンブランだけでなく、モンブランプリンや、栗を使ったショートケーキもあった。モンブランはマストとして、もう一つ、見た目はモンブランのようなケーキがあった。それも併せて購入した。
モンは、店によって工夫やこだわりがあって、形も味も違う。マロンクリームを絞ったケーキでしょ、と思われがちだが、その色、構成している素材、台となる焼き菓子など、組み合わせが無限にある。近年、和栗の人気も高まってきていて、店によっては従来の洋栗のモンのほかに、和栗のモンを出しているところもある。
帰宅して、早速「モンブラン」を食べた。店員さんの説明によれば、洋栗を使用し、お酒も含まれており、どちらかというと大人向けの味になっているとのことだった。

まず、背が高い。モンの中はホイップというのが定番で、これだけ高くするには外側のマロンクリームを固めにする必要がある。
固めのマロンクリームにするには、原料となるマロンペーストに含まれている水分を減らさなければならないため、相対的に栗成分の割合が高くなるはずだ。
ただ、あまりに固いと表面が割れてしまうため、水分を飛ばしすぎないことと、粘度を出す砂糖との兼ね合いが職人の腕の見せどころなのだ。
店員さんの説明の中で、ホイップは無糖だと聞いていたので、口に入れた時に油っぽく感じるのではないかと思ったけれど、それは全くの思い違いだった。固めの甘いマロンクリームには、思いがけず洋酒がしっかり効いていて、それを中和するようにホイップのふんわり感が加わっていた。絶妙なバランスで、栗のザラッとした木の実の粉っぽさも残っていて、驚いた。
モンについての好みが分かれるのは、栗の実の存在である。大きな一粒栗が入っていて欲しいか、マロンクリーム載ってるから別に…という具合である。僕は、幼い頃に食べたモンには一粒栗がトッピングとして飾ってあった記憶があり、栗の実が入っているモンを食べたいほうだ。
ヨロイヅカのモンには、粒栗は入っていなかった。
しかし、台に近づくにつれ、栗の実の食感があった。ダイスカットされた栗の実が、台の焼き菓子の中に隠れていたのだ。写真にも写っているが台は包装紙のように薄い皮のようなものに包まれていた。それはおそらくパイで、食感はパリパリと心地よく、その中にあるしっとりしたフィナンシェのような生地も主役級においしかった。
背が高いこともあって、全てをバランスよく食べることは難しそうだが、どの部分もとても美味しくて、さすが!と感激してしまった。
大人の味、と言われていたモンに対して、「こちらはお子様にも召し上がっていただけるかと」と店員さんが薦めてくれたのがこちらである。

見た目は、完全にモンだ。店によっては、この形でモンとして売られている。むしろこの形で、モンブランという名前がついていないのなら、逆に何のケーキなの?と訝しんでしまうだろう。
このケーキの名前は「ユングフラウ」という。センスが光っている。何かというと、モンブランという名前の由来は、フランスとイタリアの国境、アルプス山脈に連なる山の名前(モン・ブラン)から取られている。そのアルプス山脈に、”ユングフラウ”という山が存在しているのだ。
ヨロイヅカとは別のお店でも、マロンクリームを使ったケーキに「マッターホルン」という名前を付けていたりして、モンから派生したケーキであり、モンへの敬意が込められているなぁと感激したものだ。
子どもたちが寝静まった夜、ゆっくりと食べた。和栗を使ったマロンクリームは、確かにモンとは違う食感と香りがした。洋酒が入っていないので、優しい。そして、マロンクリームそのものも柔らかくて口の中に入れるとトロリと溶けた。
ホイップは軽めだったが、驚いたのは香りだった。華やかな香りが鼻に抜けた。台を見ると、濃い茶色のチョコでコーティングされたメレンゲだったので、チョコの原料であるカカオの香りが強く感じられたように思えた。こんなに香りの強いカカオがあるのか…!と驚いたところで、妻の声がした。
「私にも、若い娘を食べさせて」と妻が言ったのである。ちょっとびっくりしたが、それはケーキのことだった。山の名前でありケーキの名前である「ユングフラウ」は、ドイツ語で「若い娘」という意味だ。
一口食べた妻は「これ、シナモンの香りがかなりあるね」と驚いていた。カカオだと思っていた僕は驚いて、ホイップだけを改めて食べてみたら、確かにシナモンのような香りだった。シナモンが苦手であることを知っている妻が「これ、気にならなかったの?」と聞いた。
「全然分からなかった。カカオかと思った。」と答えると、妻は「まぁ、若い娘に恋しちゃって、分からなかったんだね」と笑っていた。
以前、トシ・ヨロイヅカのシェフ、鎧塚俊彦氏がテレビ番組に出演されていて「修行中は、朝一番にデパートに行き、ケーキを買ってすぐにトイレの個室で食べていた」と語っていたことがあった。作られてすぐに買い、すぐ食べなければ本当の味が分からないから、とその理由を語られていたが、そういうストイックさがあって、作品としてのケーキがあるのだと思った。
妻と子どもたちが店の外で待っていたとき、僕が選びきれずに、栗を使ったケーキを全て買ってくるのではないか、と思っていたらしい。そんなに!?と驚いたけれど、その手があったか!と悔やんでもいる(笑)
妻曰く、モンを食べている僕がとにかく幸せそうなのだそうで、そういう僕の姿を嬉しそうに見ているかもしれない妻や子どもたちには、ケーキ以外で感謝の気持ちを表したいなぁと思ったり思わなかったりしている。
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最後まで読んでいただき、ありがとうございました!
いただいたチップは、モンブラン研究費用や子どものおやつ代にします(笑)