見出し画像

山の温泉がくれた幸福な時間

私には姪っ子が一人いる。
その姪が私を訪ねて東京まで来てくれたので、どこかへ連れて行ってあげたいと思った。いろいろ考えた末、やはり温泉がいいという結論に落ち着いた。

六月に入り、雨や曇り空が続いている。じとじととした汗に不快感を覚え、体もどこか重たく感じる日々。そんな理由をいくつも並べながら、私たちは温泉へと向かった。

山へ近づくにつれ、まず目に飛び込んでくるのは、圧をともなって迫ってくる深い緑だ。
その緑にすっぽり包まれると、体の奥にたまっていた疲れがゆっくりほどけていく。胸の奥がふっと軽くなり、自然と気持ちまでやわらいでくる。

耳を澄ませば、水しぶきを上げながら下流へ駆け抜ける川の音。ちょろちょろとやさしく響く水音。さまざまな音が山の静けさの中で重なり合い、耳の奥へと心地よく広がっていく。

そして何より、山の空気が美味しい。まるで澄み切った空気が体の隅々まで行き渡り、浄化してくれるかのようだ。吸い込むたびに胸の奥まで洗われていく気がする。

温泉の湯気に混じる香りもどこか清らかで、心を静かに落ち着かせてくれる。自然の中にある湯は、やはり格別だ。

湯に身を沈めると、湿気をまとって重たくなっていた体がゆっくりほどけていく。全身が喜び、思わず「癒やされる」と何度も口にしてしまうほどだった。

姪っ子も嬉しそうな表情を浮かべていたが、この日いちばん満たされていたのは、もしかすると私のほうだったかもしれない。

深い緑と澄んだ空気、そして温かな湯。
六月の曇り空の下で味わった、かけがえのない幸福な時間だった。




いいなと思ったら応援しよう!

tuzuku よろしければ応援お願いします!いただいたチップはクリエイターとしての活動費に使わせていただきます!