Monster・police 第六話 シャーロット一家殺人事件 (前編)
幼き日の出来事。
私は、誰よりも大切な妹の事を思い出していた。
たわいもない日常。隣では母と父も笑っている。どんな時も、ずっと、ずっと一緒だ。
だが、この時、平和だった日常が一瞬にして奪われるとは思ってもいなかった。
もの一つ置かれていない殺風景な一室の隅のテーブルには妹や両親の写真が飾られている。隣には一輪のユリの花が入った花瓶が置かれていた。

ボルドーのネクタイを締め、身支度を終えると、「行ってきます...」。

私は、写真に向けて手を合わせた後、一礼し、自宅を出た。
11月9日、この日は、グリーン町警察署である事件の捜査会議があった。
シャドウシティからグリーン町までバスを乗り継いで約二時間半、グリーン町バスターミナルで、グリーン町警察署行きのバスを待っていた...。

その時、「あ!アンジー刑事だ!おはようございます!」隣から、はじけるような明るい挨拶が私の耳に届いた。
後ろを振り向くと、セツナがいた。まさか、ここで会うとは...。

「おはよう・・・。ここで会うなんて珍しいな・・。それにしてもセツナ、かなり慌てていないか?」

「はい!今日は捜査会議がいつもより一時間半、早くにあると署長が言っていたので、急いでいます!あ!もしかして、アンジー刑事も会議に遅刻ですか?」
(会議...。もしかして...?)
昨日の出来事、署長から
【セツナ君は、毎回会議に遅刻をするので、本来の会議の時間より一時間半早くに会議があると伝えている】と、メールで送られていた事を思い出した。
隣で遅刻をしたと思い、あたふたと慌ててバスを待っているセツナの様子に、私は、必死で笑いをこらえようとしたが、結局、こらえる事が出来ずに笑ってしまった。

「アンジー刑事?どうして笑っているんですか・・・?」セツナは私に聞いてきたので笑顔で答えた。
「会議に急いで行こう。そしたらわかるから。」

その時、バス停にグリーン町警察署行きのバスが着いた。
その後、捜査会議が無事に終わり、署内に設置されている自販機で、アールグレイティーを購入した後、私は、休憩室の椅子でゆっくりとしていた。
その時、「アンジー刑事。ちょっと10分ほどいいかね?事件について話したいことがあるのだが。」声をかけてきたのは、上司のレイ刑事だった。

「事件について?今日の捜査会議のことでしょうか?」
「いや、違う。【とある事件について】最近、進展があってな、それを君に伝えたかったんだ。」
【とある事件について】心臓の鼓動が一瞬にして跳ね上がった。

「...事件の進展?何があったんですか?」私は恐る恐る、冷や汗を浮かべながらレイ刑事に話をきいた。
「実は最近、シャドウシティで強盗殺人を起こして逮捕されたグループがいたんだが、逮捕後、犯人達の過去を調べていたシャドウシティの刑事から私に連絡があってな、犯人の中の一人に【とある事件】と過去、深く関わりがある事がわかったんだ。明日、11月10日午前10時からシャドウシティ警察署で、犯人の取調べがあるのだが、君も一緒に、取り調べに同行をするか?嫌であれば断っても構わなっ・・・。」

私は即答した。「同行をお願いします。」
「・・・そうか。なら、君も同行すると、シャドウシティの刑事に連絡を入れておくよ。」
こうして...。私は、【とある事件について】取り調べをする為、シャドウシティ警察署へ同行をすることとなった。
その日の夜、私はしばらく夢を見ていた。

おそらく昨日、スマホの動画配信アプリで期間限定の舞台作品を見ていたからに違いない。

その舞台作品は、「シャーロックホームズ」だった。シャーロックホームズはイギリスの作家、アーサー・コナン・ドイルが書いた有名な推理小説だ。
天才探偵ホームズが、相棒のワトソン医師と共に事件を次々と解決していく話なのだが、舞台作品の「シャーロックホームズ」は珍しく、ホームズもワトソンも女性という設定なのだった。
最近、グリーン町警察署の同期の刑事、ジェソがたまたま、この舞台作品のポスターを見たらしく、女性版ホームズの舞台女優が私にそっくりなんだと、何回もしつこく言ってくるので気になってこの作品を見たのだった。

私は思わず自身の目を疑った。
何故なら女性版シャーロックホームズの舞台女優が、私と瓜二つの顔をしていたからである。
スマホの画面を拡大してその舞台女優の顔を何度も見たが、見れば見るほどそっくりな顔をしている。
私は思わず、その舞台女優がどうしても気になり、検索をかけた。名前を見た私はさらに驚いた。
その舞台女優が【リリー】という名前だったからである。

いまから、私の過去の話をしよう。私には同い年の双子の妹がいたのだが、名前が【リリー】。私は、誰よりも妹を大切に思っていた。
両親もいて、たわいもない幸せな日常を送っていたのだが、私が17歳の時、事件が起きた。
突然、家の玄関から数人の誘拐犯が中に押し入ってきたのだ。
一人の誘拐犯は私と妹の目の前で両親を射殺した。その後、妹は誘拐され、未だ行方不明。
誘拐犯を探し出す為、私は血のにじむような努力を続け、やっとの思いでグリーン町警察署の刑事になった。
しかし、犯人を探し出すのに、ここまで何年もかかり、手こずることになるとは思ってもいなかった。
そして、何よりも、妹の安否が心配である。今、生きていない可能性があるからだ。妹の死も覚悟はできている。
だが、心の何処かで生きていてほしいという小さな願いも微かに存在していた。

リリーは今、どうしているのだろう?どうか、生きていて欲しい。ごめん...。ずっと、事件を解決できなくて...。本当にごめんなさい...。
時が経てば経つほど、事件への記憶はより鮮明に濃くなっていく。
私自身への強い自責と、両親や妹を失った喪失感と、誘拐犯への突きあがるような怒りの感情はより濃度を増していった。この気持ちを誰にも打ち明けることは出来ない。
明日も、明後日も、今後も人生の中で、私はずっとこの感情と向き合わなくてはいけないのだろうか?
私は、いつまでこの感情の重荷を抱える事が出来るのか...?不安でいっぱいだった。

私は翌朝、朝食を食べた後、部屋の隅のテーブルに飾られている妹と両親の写真に今日も「行ってきます...」。と手を合わせ、一礼をした後、自宅を出た。
午前9時30分、私は、シャドウシティ警察署に到着した。入り口の前にはジェソ刑事が待っていた。私に気づいたジェソ刑事は声を掛けてきた。


「よぉ、アンジー。今日、犯人の取り調べに俺も同行して欲しいと、レイ刑事から頼まれていたんだ。セツナも一緒に同行することになっているんだが、多分、遅れているかもな。」
遠くの方から、バタバタと走る足音が聞こえてきた「お、セツナが来たな。セツナ!」ジェソ刑事は手を大きく振った。

手を振る先にはセツナが遠くからこちらに走ってきている。

その瞬間、セツナは道端の石につまずいたのか、私たちの目の前で派手に転倒した。
「セツナ!大丈夫か?」ジェソ刑事は、セツナの元に駆け寄った。

「大丈夫です!セツナは屈託のない笑顔をジェソに向けた。
「気を付けろ、あまり慌てて行動するなよ。」ジェソは少し呆れた様子でため息をついた。

「あはは!すみません!」セツナは後頭部をさすりながら笑った。
その時、シャドウシティ警察署の入り口から出てきた一人の女性が私達に声をかけてきた。
「こんにちは。あなた達はグリーン町警察署の刑事?」

私は答えた。「はい。そうですが?」
「よかった。私はシャドウシティ警察署の刑事、レレッカです。よろしく!ちょうど、よかったわ!9時半を過ぎたら、シャドウシティ警察署の入口に行って欲しいと、レイ刑事から言われていたの。」
洗礼された、ラベンダー色のレディスーツを着ている、シャドウシティ警察署の女性刑事、レレッカは私に笑顔を向けた。

「ところで、あなた達、名前は?」
「私は、アンジー・シャーロット。グリーン町警察署の刑事です。宜しくお願い致します。」
「俺は、ジェソ。アンジーと同じ、グリーン町警察署の刑事だ。宜しく!」
「僕はセツナ・ヒロ!グリーン町警察署の刑事です!よろしくお願いします!」
「こちらこそ、みんなよろしくね!じゃ、早速、犯人の取り調べが今から始まるから、取り調べ室に行く途中にはなるけど、犯人について話をするわ。それと、アンジーさん、ごめんなさい。あなたの事はレイ刑事から、電話で聞きました。過去、両親を殺害されたことや、妹が誘拐されたことも。とても、つらい思いをしたのね・・・。」
私は、黙り込んでしまった。
だが、今から取り調べ室で当時の犯人と直接、対面することとなる。犯人に事件の動機を聞くチャンスだ。もしかしたら、証言によっては、当時の事件を解決できる可能性があるかもしれない。私は、少し冷や汗をにじませ、拳を握った。
シャドウシティ警察署の取り調べ室は地下一階にあるのだという。

レレッカが犯人について話している間、私はメモを取っていた。
犯人は50代のホームレスの男性だという。今回、グループで起こした、強盗殺人事件の動機は『お金が欲しかった』と語っていたらしい。
エレベーターに乗り、地下一階の取り調べ室に到着した。薄暗い廊下を歩き、取り調べ室の前に着いた。
取り調べ室の前には一人の警官が立っている。レレッカに気づいた一人の警官は敬礼した。
「犯人の方はどう?」レレッカは警官に聞いた。

「静かに座っていますね。」
「そう。よかったわ。早速、私から取り調べ室に入るから。あなた達は後から入って来てね。」
レレッカは私達にそう言うと、取り調べ室に入った。
私は、ガラス越しに犯人の顔を見た。犯人の表情はうつろだった。目の光はなく、下を俯いている。髪もしばらく切っていなかったのだろう。白髪で伸びきっている。

取り調べ室に入ったレレッカは犯人に過去の事件について話があると持ち掛けた。

「トムさん。今回の事件は『お金が欲しかった』と言っていたわね。私は、あなたが過去に同じような事件を起こしていないのか調べました。そしたら、過去にも同じような事件を起こしていたという事がわかったので、今回、過去の事件のこともしらべてみました。
あなた、【シャーロット一家】についてご存知?」

犯人は【シャーロット一家】のワードを聞いた瞬間、少し目を見開いた。
レレッカはさらに、犯人に追い打ちをかけるようにこう告げた。

「今日、【シャーロット一家】の被害者の一人が取り調べ室に来ています。事件にもし関わりがあるのなら、正直に彼に話してほしいの。事件の動機は何なのか?何故、【シャーロット一家】に押し入って来て、両親を射殺したのか?妹は今、何処にいるのか?入って来て。」
レレッカは私達に取り調べ室に入るように促した。
私は、少し冷や汗をにじませながら取り調べ室に入った。
犯人と目が合う。心臓が跳ね上がる。私は犯人にこう告げた。

「私は、アンジー・シャーロット。事件の事は覚えているか?」
煮えたぎるような怒りを抑えつつ犯人に聞いた。犯人は何故か小刻みに震えている。
何秒かしばらく、事件について語ることを待っていたが、犯人は下を俯き、まるで何かを恐れているかのように、小刻みに身体を震わせるばかりで事件の事を一向に語ろうとしない。

私は、イライラとしてため息をついた。取り調べ室の机の前に立ち、犯人に質問をした。

「質問を変えよう。何故、私の家を狙い強盗殺人を起こした?他にもお金のある家はあるはずだ。」
犯人は、それでも身体を震わせるばかりで、頑なに、事件について話をしようとしなかった。
私と一切、目を合わせようともしない様子に徐々にイライラが募っていく。
私は、テーブルを叩き、犯人にストレートに質問をぶつけた。犯人は身体をより一層、ブルブルと震わせて冷や汗をにじませた。眼光からはかなりの恐怖心がうかがわれる。

「なぜ、両親を射殺した?妹は今、どこにいる?何故、事件を起こした⁈答えろ!」
犯人に対して強い憤りを抑えることが出来なかった私は、衝動的になり、犯人の胸ぐらをつかんだ。
「おい!アンジー!」後ろからジェソ刑事が止めに入る。
その時、犯人は小さな声を震わせながら答えた。「頼まれたんです・・・。」
「誰に頼まれたんだ!!」私は、犯人の胸ぐらをより一層、強い力で掴み上げ、怒鳴った。
その時、ジェソ刑事が犯人との間を割って入り、私は犯人から引きはがされた。

「冷静になれよ!」ジェソ刑事から大きな声で注意をされた。

犯人は恐怖で涙を流し、すすり泣いている。その場に耐えられなくなった私は、取り調べ室を出た。この後、犯人の取り調べは急遽、中断となった。
取り調べ室を後にした私は、シャドウシティ警察署、一階のロビーのイスに座っていた。

ジェソ刑事が声をかけてきた。「アンジー!どうしたんだ?大丈夫か?」ジェソ刑事はかなり心配した表情で私のことをみている。


「すまなかった。あの事件のことになると、カッとなって収集が付かなくなってしまう。犯人に対して手を上げてしまう。私は、今までこの事件を解決したい思いで刑事になった。だけど、犯人や事件に向き合う覚悟がまだ足りない。」
「そっか・・・。そりゃそうだよな。自分がもし同じような経験をしていたら、俺もそうなるわ。」ジェソ刑事はフッとため息をついた。

「自分自身の心の整理をつけるのも大変だろうしな。今日は家に帰って休んだほうがいいかもしれないぜ?」
「そうすることにする。」返事をするのも、やっとの思いだった。私は、シャドウシティ警察署で取り調べが終わった後、家路に着いた。
帰宅後、玄関に入ると、ボルドー色のチェスターコートを脱ぎ捨て、部屋に座り込んでしまった。

身体から自身の魂が抜け、空っぽになってしまったかのように力が尽きた。
自分自身の事件に向き合う覚悟の無さに私自身、かなりショックを受けていた。

強盗犯と直接、取り調べ室で向き合うだけで、まさかこんなにも、心が動揺するとは自分自身、思ってもいなかったのだ。
気が付くと、私は、いつに間にか床で寝てしまっていた。ゆっくりと起き上がる。身体が重い。
鞄の中に入っていたスマホを取り出し、画面を開くと、時刻は夕方の5時になっていた。
「もうこんな時間か・・・。」
(翌日もそういえば、捜査会議があったな・・・。)私は、他の事件の事など、どうでもよくなっていた。今は、自分自身のことで精一杯だ。
だが、他の事件も解決をしていく為に捜査を行うのが私の仕事だ。こんなことで翌日の捜査会議を休むわけにはいかない。
翌日に向けて色々準備をする間、気が付くと一日が終わっていた。

