【番外編】「娘はライバルじゃない」彼のスカッとする正論
はじめに
これは、私たちが付き合って1年が経った頃の話。
彼が、初めて私の実家に挨拶に来た日のこと。
私は、この日をずっと恐れていた。
母に、彼を会わせること。
挨拶の日
玄関で、彼が深々とお辞儀をした。
「初めまして、○○と申します」
「娘さんと、お付き合いさせていただいています」
丁寧な挨拶。
誠実な声。
でも。
母は、冷たく言った。
「ああ、そう」
ジロジロと、彼を見る。
「この子に彼氏ができるなんて驚きだわ」
嫌味っぽい笑い。
父が、慌てて言った。
「まあまあ、入ってください」
リビングに入ると弟がいた。
気まずそうに目で合図をしてきた。
始まってしまった。
リビングで
彼が、持ってきた手土産を渡した。
「これ、お母様の好きなお菓子だと伺いまして」
母は、受け取りもせずに言った。
「気を遣わなくていいのに」
そして。
「この子、昔から暗くてねえ」
始まった。
「友達も少ないし」
「部屋に閉じこもってばかりで」
私は、手を握りしめた。
「大学も中退したのよ」
「就職も遅かったし」
「ほんと、手のかかる子で」
さすがに父が、止めようとした。
「お母さん、そういうことは…」
でも、母は止まらない。
「何よ、本当のことでしょ」
「この子、表情も暗いし」
「愛想もないし」
私は、震えていた。
いつものことだ。
母が私の心を抉るのは。
でも彼の前で、こんなふうに言われるのが。
耐えられなかった。
「よくこんな子と付き合おうと思ったわね」
母が、彼を見て言った。
「あなただったら、選び放題でしょう。
よりによってこんな出来損ない。」
「他にいい子、いなかったの?」
その瞬間。
場が、凍りついた。
父が、困った顔をしている。
弟が、怒りを堪えている。
私は、涙を堪えるのに必死だった。
そして。
彼が、口を開いた。
「失礼ですが、お義母さん」
冷静な声。
でも、どこか強い響き。
「娘さんのこと、ちゃんと見ていますか?」
母が、驚いた顔をした。
「は?」
彼は、まっすぐに母を見て言った。
「娘さんは、確かに表情が少ないかもしれません」
「でも、それは娘さんが悪いからではありません」
私は、顔を上げた。
彼が、続ける。
「娘さんは、ずっと誰かの顔色を伺って生きてきたんです」
「自分の感情を出すことを、恐れてきたんです」
母が、何か言おうとした。
でも、彼は止まらなかった。
「それは、なぜだと思いますか?」
「親が、子供の感情を否定し続けたら」
「子供は、感情を出さなくなるんです」
その言葉が、胸に刺さった。
彼は、わかってくれていた。
私が、どうして表情を出せないのか。
どうして、部屋に閉じこもったのか。
全部、わかってくれていた。
「娘さんが部屋に閉じこもったのも」
「大学を辞めたのも」
「全部、理由があるんです」
母が、口を開いた。
「あなた、何を言って…
彼の声が、少し強くなった。
「すみません、さすがに黙ってられないです」
その声に、感情が込められていた。
「でも、今の娘さんを見てください」
「笑うようになりました」
「友達もできました」
「毎日、頑張って働いています」
「それを、あなたは『手のかかる子』と言うんですか?」
母は、何も言えなかった。
「俺は、娘さんのことを誰よりも理解しています」
「娘さんの笑顔を、誰よりも大切にしたいと思っています」
「娘さん、ずっと我慢してきたんですよ」
「あなたの顔色を伺って」
「あなたに否定されないように」
「必死に、生きてきたんですよ」
「それなのに、また否定するんですか?」
「娘さんが、どれだけ傷ついてるか、わかってます?」
涙が、溢れそうになった。
彼が、私のために。
こんなにも、言ってくれている。
そして、彼は言った。
「お義母さん、一つ聞いていいですか?」
母は、黙っていた。
「なんで、そんなに娘さんに厳しいんですか?」
「親なんだから当たり前のことを言ってるだけよ」
彼は、首を横に振った。
「いや、違いますよね」
「これは、厳しいんじゃない」
「嫉妬ですよね」
全員が一斉に彼をみた。
母が、真っ赤になった。
「何を…!」
でも、彼は止まらなかった。
「娘さんに彼氏ができたのが、気に入らないんですよね」
「娘さんが幸せになるのが、嫌なんですよね」
「違うなら、なんで目の前で娘さんを下げるようなことを言うんですか?」
「普通の親なら、『娘をよろしくお願いします』って言いますよね」
「でも、あなたは言わない」
「それどころか、娘さんを下げて」
「俺に『こんな子でいいの?』って言う」
「それって、つまり」
「娘さんに幸せになってほしくないってことですよね」
母は、何も言えなかった。
ただ、真っ赤な顔で彼を睨んでいた。
でも、彼は怯まなかった。
まっすぐに、母を見て言った。
「娘さんは、あなたのライバルじゃありません」
「娘さんは、あなたの娘です」
その言葉が、静かに響いた。
「親なら、娘の幸せを願ってください」
「それができないなら」
「もう、俺たちのことに口出ししないでください」
誰も、何も言えなかった。
母は、俯いていた。
父は、複雑な顔をしていた。
弟は、スッキリした顔で彼を見ていた。
そして、私は。
泣いていた。
玄関で、彼が靴を履いた。
「すみません、失礼なことを言いました」
父が、頭を下げた。
「いや、君の言う通りだ」
「妻には、俺からも話すよ」
「娘を、よろしく頼む」
弟が、小さく手を振った。
私は、彼と一緒に家を出た。
駅まで歩く道。
私は、ずっと泣いていた。
「ありがとう」
それしか、言えなかった。
彼が、立ち止まった。
「謝らないで」
私を、優しく抱きしめてくれた。
「君は、何も悪くない」
「君は、十分頑張ってきた」
「もう、我慢しなくていいんだよ」
その言葉に。
堪えていたものが、全部溢れた。
声を出して、泣いた。
彼は、ずっと抱きしめてくれていた。
その夜。
弟から、LINEが来た。
「姉ちゃんの彼氏、最高だった」
「よく言ってくれた」
「ありがとう」
「姉ちゃん、いい人見つけたね」
涙が、また溢れた。
今度は嬉しくて。
次の日。
父からも、メッセージが来た。
「昨日は、すまなかった」
「君の彼氏の言う通りだ」
「お母さんには、俺からもちゃんと話すよ」
「君が幸せになることが、親として一番嬉しいことだから」
「彼を、大切にしなさい」
父の言葉に、また泣いた。
夜、彼と電話した。
「今日、大丈夫だった?」
「お母さん、怒ってるかも」
彼は、笑った。
「怒っててもいいよ」
「俺は、君を守りたいから」
「これからも、ずっと」
その言葉が、温かかった。
今だから言えること
あの日。
彼が言ってくれた、あの言葉。
「娘はライバルじゃない」
その言葉は、ずっと心に残っている。
私は、ずっと母のことが怖かった。
否定されることが、怖かった。
でも、彼が守ってくれた。
私の代わりに、言ってくれた。
あの日から、何かが変わった。
母は、以前ほど私に厳しくなくなった。
完全に変わったわけじゃない。
でも、少しずつ。
そして、私も変わった。
母の顔色を、以前ほど気にしなくなった。
それは、彼がいてくれるから。
どんな時も、味方でいてくれるから。
あとがき
ここまで読んでくださり、ありがとうございます。
これは、第2章のもっと後の出来事です。
私たちは関係を再構築して、
こうして両親に挨拶するまでになりました。
母との関係は、今も完璧ではありません。
でも、以前よりは、ずっと良くなりました。
それは、彼があの日。
私のために、言ってくれたから。
実は、あの日までに。
私は、彼に全部話していました。
母のこと。
引きこもった理由。
ずっと顔色を伺って生きてきたこと。
彼は、黙って聞いてくれました。
そして、言ってくれました。
「君を守る」と。
だから、あの日。
彼は、私を守ってくれたんです。
毒親との関係に悩んでいる方へ。
あなたは、悪くない。
親に否定されても。
理解されなくても。
あなたは、あなたのままでいい。
そして、いつか。
あなたを守ってくれる人が、必ず現れます。
焦らなくていい。
あなたのペースで。
この番外編が、少しでも。
あなたの心に、勇気を灯せたら。
それが、私の願いです。
最後まで読んでくださり、ありがとうございました。
【完】
