【番外編】「彼は、姉ちゃんだけ見てたよ」
はじめに
この番外編は、私の弟の視点で書いています。
なぜ弟の気持ちがわかるのか。
それは、弟に当時のことを聞いたからです。
「あの頃、どう思ってた?」
そう聞いたら、弟は少し照れながらも。
丁寧に、話してくれました。
この物語は、弟が語ってくれた思い出を元に書いています。
弟の許可も得ています。
「姉ちゃんと同じように悩んでる人の、支えになるなら」
そう言ってくれました。
姉ちゃんが、恋をした。
それを知った時、俺は嬉しかった。
でも同時に、不安だった。
あの頃の姉ちゃん
姉ちゃんが大学に入って、半年くらい経った頃。
突然、部屋から出なくなった。
最初は、風邪かと思った。
でも、違った。
「ちょっと、疲れちゃって」
姉ちゃんは、そう言って笑った。
でも、その笑顔は、どこか寂しそうだった。
それから、姉ちゃんは部屋に閉じこもった。
大学にも行かなくなった。
俺は、当時高校生だった。
毎日、姉ちゃんの部屋の前にご飯を置いた。
「姉ちゃん、食べてね」
ドア越しに、小さく「ありがとう」という声が聞こえる。
父親は、姉の好きなものを買ってきたり、声をかけたり心配をしていたけど。
母親は、関心がないのか心配している様子はなかった。
母親と姉ちゃんの折り合いは悪かった。
昔から、ずっと。
俺はどちらかというと、母親似で。
勉強こそ苦手だが、運動は得意だし友人も多くて社交的なタイプだ。
姉ちゃんは子どもの時から、人見知りで友人もそんなに多くなかった。ひとりでいるほうが好きだったように思う。
母親は、そんな姉ちゃんにイラつくのか当たりが強かった。
だから、もしかしたら。
この引きこもりの原因は、母親にあるのかもしれないと思った。
でも、どうしたらいいかわからなかった。
どうしたら、姉ちゃんが笑ってくれるのか。
それから、2年。
姉ちゃんは、少しずつ部屋から出られるようになった。
最初は、リビングまで。
次は、玄関まで。
そして、家の外まで。
ゆっくり、ゆっくり。
姉ちゃんは、外の世界に戻ってきた。
「好きな人ができた」
それから数年後。
姉ちゃんは、やっと働き始めた。
ある日、姉ちゃんが俺に言った。
「あのね」
「好きな人ができた」
え?
姉ちゃんが、恋?
嬉しかった。
姉ちゃんが、誰かを好きになるなんて。
でも、不安だった。
姉ちゃんは、触れられるのが怖い。
男性は、特に。
「その人、姉ちゃんのこと、わかってくれてるの?」
俺は、聞いた。
姉ちゃんは、頷いた。
「うん」
「優しい人なの」
「焦らせないでくれる」
その顔が、嬉しそうで。
俺も、少し安心した。
「いつか、会わせてよ」
「うん、そのうちね」
姉ちゃんの笑顔。
久しぶりに見た、本当の笑顔だった。
街で見かけた、二人
ある休日。
俺は、友達と街で遊んでいた。
カフェに入ろうとした時。
ガラス越しに、見覚えのある後ろ姿。
あれ、姉ちゃんだ。
誰かと一緒にいる。
男の人。
ああ、彼氏か。
声をかけようと思ったけど、やめた。
少し離れたところから、見ていた。
彼は、背が高かった。
落ち着いた雰囲気。
二人は、カフェから出てきた。
並んで歩いている。
その時、気づいた。
すれ違う女性たちが、振り返っていた。
彼のことを見て。
「今の人、カッコよくない?」
小声で話している。
彼は、めちゃくちゃカッコいい人だった。
俺でも、わかる。
モテるタイプの人だ。
でも。
彼は、全然気づいていなかった。
女性たちが振り返っていることに。
ただ、姉ちゃんを見ていた。
姉ちゃんが何か話すと、笑って。
姉ちゃんが立ち止まると、一緒に立ち止まって。
姉ちゃんだけを、見ていた。
その目が、優しかった。
姉ちゃんも、笑っていた。
緊張しているみたいだったけど。
でも、嬉しそうだった。
ああ。
この人なら、大丈夫だ。
そう思った。
姉ちゃんを、任せられる。
友達が、声をかけてきた。
「どうした?」
「ううん、なんでもない」
俺は、二人から目を離した。
邪魔しちゃいけない。
姉ちゃんの、大事な時間だから。
繁華街で泣いていた姉ちゃん
それから、数週間後。
姉ちゃんと、食事に行く約束をしていた。
待ち合わせ時間になっても、姉ちゃんが来ない。
「ちょっと遅れる」
メッセージが来た。
30分待っても、来ない。
電話しても、出ない。
心配になって、探し始めた。
繁華街の路地裏。
建物の陰に、しゃがみこんでいる人がいた。
姉ちゃんだった。
「姉ちゃん?」
姉ちゃんが、顔を上げた。
目が、真っ赤だった。
泣いていた。
「どうしたんだよ?」
姉ちゃんは、何も言わなかった。
ただ、首を横に振った。
俺は、何も聞かずに。
姉ちゃんを、抱きしめた。
「大丈夫、大丈夫」
姉ちゃんが、俺の服を握りしめて。
声を殺して、泣いた。
しばらくして。
そのときはそのまま別れたけど。
どうしても心配になって、姉ちゃんのマンションに行った。
多分何も食べてないだろうと思って、姉ちゃんが好きそうなものを途中スーパーに寄って買い込んで。
食べ終わったあと姉ちゃんが、話し始めた。
「彼を、見かけたの」
「女性と一緒に歩いてて」
「笑ってて」
ああ。
「それで、声かけなかったの?」
姉ちゃんは、首を横に振った。
「かけられなかった」
「だって、私なんかが邪魔したら」
「姉ちゃん」
俺は、姉ちゃんの肩を掴んだ。
「姉ちゃんは、邪魔じゃない」
「姉ちゃんの彼氏なんだろ?」
「だったら、堂々と声かけていいんだよ」
姉ちゃんが、泣きながら言った。
「でも、私…」
「触れられないし」
「ちゃんと彼女らしいこともできなくて」
「それが何?」
俺の声が、少し強くなった。
「姉ちゃんは、姉ちゃんのままでいいじゃん」
「それでダメだっていう男なら、こっちから願い下げだよ」
でも。
俺は、知ってる。
彼は、そんな人じゃない。
姉ちゃんに伝えた言葉
それから、数日後。
少し落ち着いた姉ちゃんと、話した。
「あのさ、姉ちゃん」
「実は、二人でいるところ見たことあるんだ」
姉ちゃんが、驚いた顔をした。
「え、いつ?」
「この前、街で」
「声かけようと思ったんだけど、邪魔しちゃ悪いかなって」
姉ちゃんが、少し恥ずかしそうにした。
「あのさ、姉ちゃん」
俺は、続けた。
「彼、めちゃくちゃカッコいいね」
姉ちゃんが、少し笑った。
「そう?」
「うん」
「女の人、めっちゃ振り返ってたぞ」
姉ちゃんの顔が、曇った。
「でも」
俺は、姉ちゃんの目を見て言った。
「彼は、姉ちゃんだけ見てたよ」
姉ちゃんが、じっと俺を見た。
「本当?」
「ああ、本当」
「女の人が振り返ってるのも、全然気づいてなかった」
「ずっと、姉ちゃんを見てた」
「姉ちゃんが話すと、嬉しそうに笑ってた」
「姉ちゃんが立ち止まると、一緒に立ち止まってた」
なにより、
「優しい目で、姉ちゃんを見てた」
姉ちゃんの目から、涙がこぼれた。
「ありがとう」
姉ちゃんは、そう言って笑った。
俺も、笑った。
「だから、大丈夫」
「自信持っていいよ」
「彼は、姉ちゃんのこと、ちゃんと見てる」
姉ちゃんが、頷いた。
俺は、ずっと姉ちゃんを守ってきた。
部屋から出られなくなった時も。
外の世界が怖かった時も。
ずっと、そばにいた。
でも。
ずっと守り続けるわけにはいかない。
姉ちゃんには、姉ちゃんの人生がある。
そして、彼がいる。
彼なら、姉ちゃんを守ってくれる。
俺が見た、あの優しい目。
姉ちゃんだけを見ていた、あの姿。
きっと、大丈夫。
まあ、少し寂しいけど。
でも、姉ちゃんが幸せなら。
それが、一番大事。
【完】
あとがき
ここまで読んでくださり、ありがとうございます。
これは、弟視点で描いた番外編です。
姉を守ってきた弟の、複雑な気持ち。
嬉しいけど、少し寂しい。
でも、姉の幸せが何より大事。
そんな想いを、書いてみました。
家族って、いいですよね。
触れられない恋をしている方へ。
あなたの周りにも、きっと。
あなたを見守ってくれている人がいます。
そして、あなただけを見てくれる人が、必ずいます。
焦らなくていい。
あなたのペースで。
最後まで読んでくださり、ありがとうございました。
