⑦ナナホシテントウ_kigi.
「私が?」
「それより、あなたはどうなの?」
彼女の表情はみるみるうちに更なる苛立ちで曇っていく。ただ、さっき自分に対して声を荒げていた時とは、微妙にそのトーンが変わっていることをトトは見逃さなかった。今にも泣き出さんばかりの苦痛を宿した目の奥に、ひとつぶの煌めく光のようなものを見出したトトは思い切ってたった今自分の心に浮かんだことを声に出してみた。
「まだ少し混乱しているけれど、僕は君を確かに選んだんだ。何度でも、遠回りしても、必ずこの部屋に戻ってくると信じていた。君は先週もここで、こうして僕と食事をしたよね?なぜあんなことになってしまったんだろう。よくわからないんだ、自分でも」
ここまで一息で話してしまってから、トトは我に返った。
え‥何を、言ってるんだ?俺は‥?
まただ。
またこの感覚に襲われている。
タイムリープでもしているかのように、何度も繰り返し経験したことのように感じられるやりとり、場面の切り抜き。
頭の中は焼け付くようなヒリヒリした感覚が広がり、自分であるはずの自我が置き去りにされるような焦りを感じる。
どうなっているんだ?俺は、誰だ?いつからここにいるんだ。
あの本棚の本は全て作者順に並べてある。花瓶の花は昨夜近くの公園で見かけたテントウムシに導かれるように摘んできた青く珍しい花弁を持つ見たこともない花。さっきシンクでバランスを崩した食器は、レンズ豆のスープとモミの焼いたブリオッシュ、それにお世辞にもうまいとは言えない自作のオムレツがのっていた。洗面のハンドソープは切れていて、玄関マットについた泥汚れは何度洗っても落ちない。まるでどう足掻いても圧倒的に不完全である自分自身のように。
そうだ。ここは、俺の部屋ではないか。
なぜ思い出せなかったのか。
慌てて顔を上げると、ついに彼女ーモミは大粒の涙をこぼして声を上げて泣いていた。まるで子どものようにくしゃくしゃに顔を歪めて、肩を揺らして、派手に泣いていた。
反射的に食卓の隣にあるサイドボードの引き出しを開ける。大小いくつもの箱が入っているが、俺は「それ」を迷わず正確に選び取り、蓋を開けて中から錠剤を2粒取り出す。
今すぐ彼女に飲ませなくてはいけない。
コップの水と一緒に彼女に差し出すと、モミは一瞬困ったような顔をして、でもすぐにその薬を水で飲み込んだ。
劇的に何かが変わるわけではない。
それでも今自分たちにできることはこれしかなかった。愚直に、決して諦めずに、できることを積み上げていくしかない。この薬は、彼女自身が処方していて、彼女にしか調合できない。
