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⑮ナナホシテントウ_南Yok

あの時、旧物理B号棟の地下でトトが言った「遊びに来ない?」という言葉。それは、大学を卒業したばかりのユルにとって、抗いがたい魔力を持っていた。

根拠なんてなかった。ただ、トトのぶっきらぼうな背中に憧れ、モミの柔らかい微笑みのそばにいたいと、細胞レベルで願ってしまったのだ。それが、たとえ「外の世界から遮断された」という不気味な条件付きであっても、ユルにはそれが特別な聖域への招待状のように思えていた。

けれど、今ならわかる。 あの「planck_L」というボトルメールに、なぜあれほどの「謎に満ちた誘惑」が宿っていたのか。

それは、あれが単なる勧誘などではなかったからだ。

「……ユル、あれはね、私たちの中の『助けて』っていう声が形になったものだったのよ」

不意に、霧の向こうからモミの声が聞こえた。今の冷たいトトの声ではない、あの研究室で聞いた温かい響き。

トトとモミは、研究所に取り込まれた初期の段階で、自分たちの意識が少しずつ削られ、実験のパーツにされていく恐怖を、本能的に察知していたのだ。けれど、完全に支配される前にできることは、唯一つだった。 研究所の厳重なセキュリティをくぐり抜け、いつかここを訪れる「誰か」に、自分たちの意識の欠片を託すこと。

つまり、ボトルメールの正体は、「誰かここに来て、私たちを見つけて」という切実なSOSだったのだ。

ユルが感じたあの「根拠のない好意」や「惹きつけられる感覚」は、二人が必死に放流した、命がけの救助信号にユルの心が共鳴した結果だった。ユルは誘い(ワナ)に乗ったのではない。彼は最初から、二人を救うために「選ばれて」ここに来たのだ。

「ボトルメールを受け取ったのが、君で良かった」

トトの声が重なる。今度は防護服の向こう側からではなく、心の内側から聞こえる。

「あのメールに誘われたんじゃない。僕たちが、君を呼び寄せたんだ。……ユル、回収班を待つのはもうやめだ。今度は君が、僕たちをここから『回収』してくれ」

足元のナナホシテントウが、ひときわ大きく光り輝いた。 その光は、かつて研究室のPCで見た、あの『planck_L』のアイコンと同じ色をしていた。

ユルの震えていた足が、ピタリと止まる。 もう、迷いはない。 あの時、好意に任せて踏み出した一歩は、間違いじゃなかった。

「……わかったよ。今、行くから」

ユルは光の差す方へ、しっかりと顔を上げた。


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