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⑪ナナホシテントウ_幸先インカコーラ

カプセルに意識を向けた矢先、右手に何かを握りこんでいることに気づいた。気を逸らされたことにいら立ちながら握った手を開くと、それは見覚えのない錠剤があった。いや、それが本当はテントウムシだと気づいた瞬間、とびたったそれはカプセルの間を飛んで行く、不思議なことに離れて行く背の斑点がまるで空の星のように大きく眼前に広がる光景に出くわした時、ユルはこのまま歩みを止めることはないのだということを確信した。
信じられないことに、歩き続けている間は全く疲れを覚えることがない。それが、少なくとも出鱈目な光景を切り貼りしたかのような道のりを、果てしない長さ発見した真理だった。モミが最後に言い放った回収班からへの恐れに押しつぶされながらも、遁走する気力もなく動けずにいた。しかし、ふいに靴に止まっていたテントウムシが飛び立っていくのを目が追ったことで、ようやくとぼとぼと歩みを進め、そのまま一度も止まらずここまで来た。
歩き始めて何時間か経った頃、ふと脇道にベンチを見かけたので、何気なく休憩しようと腰を下ろした。その、全身が粘っこい液体を浴びたかのような疲労にやり込めてられて、動けなくなってしまった。うずくまるようにしてしばらく休むとわずかに気力が戻ってきた、どうにか立ち上がり再び歩き始めると、霧が突風に払われるように先ほどまでの疲労感が消え去った。
その後、歩き続けるうちに分かったのは「疲れない」という現象に付随する恐るべき法則だった。
①歩き続ける限りは疲れない。
②歩き続ける限り、飲食は必要ない。
③足を止めると、移動した分に比例した疲労と痛みが体を襲う。
④一定のペースより速く歩こうとすると、肺が(とてつもない)痛みを発する。同様に走れない。
⑤一定のペースより遅く歩こうとすると、足を止めた時の耐え難い疲労感と痛みが体を襲い始める。
⑥歩き続ける限り睡眠も必要としていない。(今のところ)
そして、何よりも大事なことだ。誰とも会わない。
つまり、歩き続ける限り疲れることはないが、止まってしまうと歩いていた間にため込んだ負担を一気に感じることになる。そして、そのペースは、ほぼ一定に保つ必要がある。これらの法則をある程度把握してからは、途方もなく長い距離を止まらずに歩き続けている。
もはや。回収班への恐怖も消え果てた。それより怖いのは、次に足を止めた時、あるいは止めざるを得ない時にどれほどの苦痛が自分を襲うかということだ。全身を石臼で挽き砕かれるような痛みを想像して震える。それがせめて一瞬で終わってしまうことだけを願う。
救いなのは、出鱈目か破茶滅茶としか言いようがないこの道筋だった。夜も昼も、街も山も海も国も。そして時代さえもつぎはぎに繋がっているこの途上は、目移りこそすれ飽きることはない。
果てしなく続く車の通っていない夜の高速道路、その料金所をくぐり降りたら夕暮れがすべてを焼く堤防の上に出る。堤防の階段を降りると、つぶれていないのが不思議な古い遊園地で安っぽいお化け屋敷を抜けると、知らぬ異国の屋台街の埃っぽいホテルの階段を上がり切った先の屋上は名も知らない紫の花で埋め尽くされていた。今、住居の世代交代が進む住宅街の一角の電信柱とブロック塀の間を潜り抜けると、人の手が入らなくなって久しい農道の土が柔らかに足を包む。
初めの頃はこの道筋のあまりにも奇天烈な移り変わりに、何かしらの法則がないかと記憶しながら推測してみたが、その試みはとうにあきらめて、できるだけ変化をなくし無努力に意識を振り向けている。そうでもしないと、精神の方が粉に挽かれてしまう。
どの景色を見ても感傷が去来する。切なさや愛おしさ、懐かしさや忌避感。それらに浸りたくなる光景に出会うこともあるが、アスファルトだろうがジャングルだろうが歩みを止めることのできない身上がそれを許さない。
果たしてこの感傷は自分の中にあるものだろうか?どの道を進んでいてもそれが自分の記憶なのか確証は持てない。
「モミにはこの先会えるだろうか?」海の向こうに沈む夕日が放った一瞬の緑の光に貫かれながら、これからもきっと会えないことを直感した。
歩き始めたきっかけがが忘却の彼方に行くほどの道を進めた時、一度も瞬きをしなくなったことに気づいた。いずれ呼吸も止まってしまうのではないか。これらの生理と引き換えに、自分は先へ進んでいるのではなく、何か計り知れないものの奥へ奥へと突き進んでいると次第に確信を深めていった。同時に、奥に行き着いた先に待ち受けるものだけが自分を救い得るのだという予感が次第に心を占めていく。


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