イサク・ルーリア(カバラを代表する思想家)
「神秘主義思想史」に書いた文章を編集して転載します。
イサク・ルーリア
12Cから13Cにかけて、プロヴァンスやスペインで生まれたカバラは、スペインからユダヤ人が追放された後、16Cにパレスチナのサフェドで新たな発展をしました。
その代表的人物がイサク・ルーリアです。

イサク・ルーリア(1534-1572)は、エルサレム生まれのアシュケナジー系ユダヤ人ですが、晩年にサフェドに移住して、そこで大きな影響を与えました。
セフィロートの流出プロセスを理論化し、4世界のそれぞれに10のセフィロートがあるとしたモーゼス・コルドヴェロを師の影響を受けました。
自らの著作はありませんが、弟子が言行録をまとめた「聖なる獅子の著作」、思想をまとめた「八つの門」などがあります。
彼は「ゾーハル」の思想を発展させると共に、幻視者としての資質も持っていました。
弟子たちは、彼が預言者エリアの啓示を受けて「ゾーハル」の新解釈を行った、そして、メシアであると考えていました。
と言っても、メシアというのは、律法の秘密の教えを説き広めるような人物のことです。
彼の思想の特徴は、「悪」の問題を重視して考えたこと、それゆえグノーシス主義やマニ教(カタリ派)的な傾向が見られる点です。
このため、カバラ思想は、ルーリアによって、スペイン追放以降の状況に合った新しい姿に変質したと考えることもできます。
彼は、世界の創造の本質を「収縮(ツィムツム)」、「容器の破壊(シェヴィラート・ハ=ケリーム)」、「修復(ティクン)」の3原理で考えました。
ただ、それぞれの原理自体は、彼は独創ではありません。
3原理は、大きな歴史の段階でもあり、常に存在する現在の原理でもあります。
また、彼のこの思想には、彼がメシアとして期待をしていた自分の息子の死も、影響を与えたようです。
収縮と容器の破壊
まず、無限なる「エン・ソフ」である神が、一点(モナド)に「収縮」し、「本当の光」が中心点の周辺部に遠ざかることで、「空間(テヒル)」が創造されます。
「エン・ソフ」の中には「裁き(厳格)」という要素が含まれており、それを「空間」に排出します。
これは、「残光(光の滓、レシーム)」とも表現されます。
「残光」は、神が空間を維持するために残した光です。
次に、「エン・ソフ」は、その「空間」に「直線の光(カヴ)」を投入します。
そこから、最初の光の「容器」である「アダム・カドモン(原初の人間)」が生みだされます。
「アダム・カドモン」の中には、能動的な「直線の光」と、「裁き」である受動的な「残光」があり、この2つの光が戦っています。
ゾロアスター教~カタリ派のような光と闇の戦いではなく、2種の光の戦いとされます。
「アダム・カドモン」には、同心円上の10のセフィロートがあり、これが彼の「ネフシュ(情動的な魂)」です。
また、垂直に配置された10のセフィロートがあり、これが彼の「ルーアハ(理性的な魂)」です。
そして、「アダム・カドモン」の耳・鼻・口から放たれた光から、10個のセフィロートの芽生え(線上の世界)が生まれます。
この後、「アダム・カドモン」の横隔膜で「第2の収縮」が起こります。
そして、目から放たれた光から、10個の独立したセフィロートの容器(点在の世界)が生まれます。
これらのセフィロートの世界は、「テトラグラマトン」の発展として生まれます。
セフィロートの世界は、まず、上位の3つのセフィロートが生み出され、次に、下位の7つセフィロートが生み出されるとも説かれます。
セフィロートには、2つの光の戦いが受け継がれています。
「裁き」が凝縮するのは、第5のセフィラ「ディン(厳格・判断)」であり、「神の左手」とも表現されます。
「ディン」は、第4のセフィラ「ヘセド(慈愛)」を拒否することで、下位の7つの「容器の破壊」が生まれます。
これは、「慈愛」に対する「裁き(厳格さ)」の過剰によるものであり、2つの光の戦い(残光の攻撃?)に耐えられなかったためだとされます。
つまり、「エン・ソフ」の中にあった「裁き」が、第5のセフィラにおいて均衡を崩して「容器の破壊」を起こし、これが「悪」の起源となります。
これによって、バラバラになった「残光」、「容器」と、最後のセフィラである「マルクト=シェキナー」が、主に地上世界に落下して、「殻(クリフォト)」に囲まれました。
「殻」は、地上だけではなく、3つの上位世界の最下層にも、無数に何重にも存在し、「光」を取り囲みました。
「殻」は「悪の世界」であり、中に閉じ込められた「光」を栄養として、力をつけます。
この「容器の破壊」は、神の計画外の事故ではなく、神以外の独立した世界や人間を創造するために必要なもので、神の計画の一部でした。
この容器が破壊された世界は、「混沌の世界」と表現されます。
これは、「創世記」冒頭の「地は混沌であった」という神の再創造前の記述に対応するとされます。
最初に、「裁き」の過剰を「悪」の原理としたのは、『バヒール』です。
また、「容器の破壊」や「殻」は、『ゾハール』やマニ教、グノーシス主義の影響です。
原罪と修復
破壊されたセフィロートは、再構成され、「第2のアダム・カドモン」である「アダム・ハ・リショーン(最初の人間)」となります。
これは、5つの「パルツフィム(顔)」のイメージで語られます。
そして、セフィロート全体は、神的な「家族」とイメージされます。
破壊されていない、第1のセフィラ「ケテル」は、「甘えを許す面長の顔」です。
第2、3のセフィラ「ホクマー」、「ビナー」は、「父の顔」と「母の顔」です。
二人は向かい合って結びついていましたが、破壊によって、背中合わせの状態になってしまいます。
破壊された、第4から第9のセフィロートは、「短気で甘えを許さない短い顔」です。
これらの破壊は、「諸王の死」とも表現されます。
そして、最後のセフィラ「シェキナー」は、「短気な女神の顔」です。
それぞれの顔には10のセフィロートが包摂され、4世界に発展します。
つまり、セフィロートは入れ子の状態になります。
そして、創造の6日目に、「短い女の顔(シェキナー)」と「短い顔(第4から第9のセフィロート)」が、「父の顔」と「母の顔」の次元に上昇して結合することで、「アダム・ハ・リショーン(最初の人間)」が作られます。
この「アダム・ハ・リショーン」には、後のすべての人間の魂が含まれていました。
しかし、「アダム・ハ・リショーン」は、知識の木の実を食べる罪を犯して、「アダム・デ・ヘット(罪を犯した人間)」となり、「シェキナー」は「短い顔」とのつながりを絶たれ、多数の魂に分裂して地上に落下してしまいます。
彼の罪は、修復が完成する安息日の前の6日目に、「厳格」の過剰が残っている智恵の実を食べたことです。
人間の魂は「殻」の中の「隠れた火花」であり、地上に生きる人間の使命は、バラバラになって「殻」の中に閉じ込められた「残光」を、もとの世界に上昇させ、セフィロートの調和を復元することです。
これが「修復」です。
それは、人間が「アダム・カドモン」としての本来の姿を取り戻すことであり、「シェキナー」と神との再結合であり、「アッシャー界」を「クリフォト」と切り離すことです。
ただし、最後に残された光を上昇させることができるのは、メシアだとされます。
以上が、ルーリアが説く、善と悪、堕落と救済の物語ですが、マニ教やグノーシス主義の影響が明らかです。
ユダヤ人の使命
ルーリアは、彼の宇宙論を、現実のユダヤ人の歴史にも当てはめて考えました。
つまり、ユダヤ人のディアスポラ(祖国を追われて世界中に散らばった生活を余儀なくされている)は、神の光の「火花」が世界中に飛び散って囚われていることを現れだ、と解釈しました。
そして、シェキナーもまた、神から引き裂かれ、ユダヤ人とともに流浪し、闇の領域(ケリポート)の捕囚となっています。
ですが、これは否定的な意味だけではありません。
これには、世界中のあらゆる闇の中に落ちている神の「火花」を回収して天上へと送り返す、という使命があると考えました。
そして、すべての「火花」を回収した時、宇宙の破砕は修復され、「殻」は消滅し、メシアの時代が訪れるとしました。
直弟子のハイム・ヴィタル
ルーリアは、口頭でしか教えを残さなかったのですが、彼の最大の直弟子であるハイム・ヴィタルが、ルーリアの思想を精密に体系化して出版しました。
彼の主著は、『エツ・ハイイム(生命の樹)』や『シャーアル・ハ=ギルグリーム(転生の門)』などです。
また、ルーリアは日常の祈りにおいて、天上の構造を意識する瞑想(カヴァナー)を重視したのですが、ヴィタルは、これを誰もが実践・追体験できるような、具体的な祈りのマニュアルとして定式化しました。
これは、神名の文字と光が昇降して世界を修復する瞑想や、生命の樹を身体上に配置する瞑想です。
ちなみに、ヴィタルは、自分が「アダムの魂の最も崇高な火花」を継承していて、自分こそがこの時代に宇宙論的修復を完遂すべき「特別な魂」であるという、メシア的自覚を持っていました。
*下記もご参照ください。
