頑張れは、言われるんじゃなくて言う
「自分の中にもう1人自分がいて…」
と友達から言われたら、話は一応最後まで聞くけど、結構心配する。
だから私は、このことを人に話したことはない。
自分の中に別の自分がいる、というと少し語弊があるかもしれない。
私はもうそんなファンタジックなことを信じる年齢ではないし、そもそもそういう性格じゃない。
ただ、いつからかずっと、私は1人なような、1人じゃないような、そんな不思議な感覚と共に生きている。
高校生の頃
「頑張って」
という言葉が本当にダメな時期があった。
高校2年の時だ。
そんなにやりたくない学園祭の実行委員長を流れでやることになり、それが運悪くキリ番、というか、学校創立100周年の年だった。
私は不真面目でもなかったけど、優等生でもなかった。だから一部の先生たちは、私が学校の記念すべき学園祭の実行委員長なのが、とにかく納得いかないみたいだった。
一方で私に期待をしてくれる面々は、私同様、優等生じゃない生徒たちだった。彼女たちは放課後、見回りをする私を見つけると
「せっかくゆりが実行委員長なんだからさ、クソつまんない学園祭の歴史、ここで変えようよ!」
と、はしゃぎながら私の肩を小突いてきた。
あの頃の私は、どちらの声にもしっかり耳を傾けてしまう、変な真面目さを持っていた。
バカみたいに、全部の声を真正面から飲み込んでいたら、ある日、昼食が喉を通らなくなった。
極め付けにキツかったのは、数週間前まで旅行に出かけるほど元気だった祖父が、学園祭直前に他界したことだ。
担任が珍しく神妙な顔で会議室に入ってきて、私に祖父の危篤を告げた。
「この世に神様なんていないんだ」
私はあの時、自分の心のシャッターがガシャン、と閉まる音を聞いた。
友達、友達の友達、友達のお母さん。
みんなが「すごいね、頑張ってね!」と言った。
全然嬉しくなかった。
自分の知らないところで団結を深めていくクラスメイトを見ると、髪をぐしゃぐしゃにして、しゃがみ込みたい衝動に駆られた。
先生たちの労いはもともと期待していなかったけど、望まれないのに頑張るのは普通に虚しかった。
100周年を記念したらダサいマスコットキャラクター。
あれ、私が選んだんじゃないから。全校集会でみんなに言い訳したかった。
神様、いますか?
私何か嫌われることしましたかね?
あの頃の昼ごはんは、午後4時くらいのウィダーインゼリーだった。
資料を睨みながらクラス展を仕切る友人の肩になだれこんで、無言でゼリーをちゅーちゅー吸った。「大丈夫?」としか言わない彼女に、ただただひたすら、救われていた。
ある日の夕方会議室に戻ると、ちょうどメンバーが出払っていて私が1人だったことがあった。
南側にある大きな窓から夕陽が差し込んで、がらんとしたテーブルが、やたらと赤かった。
太陽は人にエネルギーを授ける存在だと、どこかで刷り込まれてきた気がする。
私は自分の喉の奥の方から、意図しない言葉が上ってくるのを感じていた。
「頑張れ…」
あの時の頑張れは何だったんだろう、といまだに不思議に思う。でも、あの声は今まで言われたどの「頑張れ」より素直に受け止められた「頑張れ」だった。
そして、その後も外側の自分が白旗をあげそうになる度、あぶくのようなその「頑張れ」は、どこからともなく沸いてきて、知らぬ間に消えた。
最近、疲れ果てて台所の細い通路にしゃがみ込むと、「きっつ…………」とか、「やば…………」とか、そんな言葉ばかりがせりあがってくる。
「頑張れって言ってよ…」と思う反面、内なる私も、外側の私と一緒で順調に歳をとっているようでちょっと可笑しい。
そして、そんな内なる自分のため息の後は、心なしか気が軽い。
だから私は大きく息を吸って、今度は外側から
「頑張りますかあーー」
と、自分に声をかける。
