絶望も希望もない、真ん中の場所で。
いつものように掃除機をかけながら、
ふと「いつも通りって落ち着く」と思った。
いつもと同じ時間に起きて、いつものように愛犬の柴さんと散歩をして、いつも通りの家事をこなす。
何も変わらない毎日。
いつも通りの行動をするって落ち着くと思った。
たぶんそれは、昨日、疲れていて
その「いつも通り」が出来なかったから。
昨日出来なかった「いつも通り」が、
今日は戻ってきたから、
大切さに気づけたのかもしれない。
「いつも通り」は当たり前にあるものじゃない。
いつ無くなってもおかしくないからこそ、
大切にしたいと思った。
「いつも通り」ってなんだろう。
noteを始めるもっと前のこと。
過去のわたしは、自分には何もないと悲嘆に暮れて
未来も真っ暗にしか見えていなかった。
生きる意味なんてなくて、死ぬまでずっと、
ただ毎日をやり過ごしていくだけの人生。
そう心底思い込み、絶望していた。
今も、わたしは何も持っていないし、
この先どうなるかなんて何も見えていない。
あの時から何も変わっていない。
けれど、今のわたしは、
もう絶望はしていない。
あえて言うなら、絶望も希望もないちょうど真ん中の場所にいるような気がしてる。
昔のわたしは、ゴールもない、どこにも向かう場所もない、そんな自分がたまらなく嫌だった。
正しくは、そんな自分が嫌だというより、
「そんな自分を見られるのが嫌」だった。
どうすることも出来なくて、
目の前の世界は真っ暗で、
何も出来ない自分を責め続けた。
けれど今のわたしは、
どこに向かうかよりも
何も持っていない自分でも
どんな自分でも
「今日」という一日一日を、
どこまでも、積み重ねていきたいと思ってる。
だから、
「いつも通り」が幸せで、落ち着くのかもしれない。
「今日もできたね」
「今日も生きたね」
を、一日でも長く積み重ねていきたい。
最後まで読んでくださり、ありがとうございました。
▼今年の始まりも「いつも通り」でした

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お読みいただきありがとうございます🕯
そのあたたかさが、また次のことばを灯す力、わたしの書く力になります。
これからも一緒に素敵なあかりを灯せたらうれしいです。