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事象の地平面

 あれはたしか若齢期、尿意を催して目が覚めた。時計の短針は3時を示していた。眼鏡を外したのび太の目みたいな3の目をしてトイレに向かうと、父がリビングでテレビを見ていた。ブラックホールについての特集だった。父は、夜(朝)3時に起きてテレビを見ることを習慣にしており、だいたい宇宙か、第一次世界大戦か、アインシュタインか、釣りについての番組を見ていた。口数が少なく、父の内面を解明した人はいなかった。
 用を足してしばらく一緒にテレビを見た。ブラックホールは光すら脱出できない重力を持つ。地球の質量をそのままにビー玉ぐらいの大きさに圧縮すれば、理論上ブラックホールとなり、その大きさをシュバルツシルト半径と呼ぶ。ブラックホールと外部との境界を事象の地平面と言う。事象の地平面から先の情報を我々は知ることはできない。情報は光や電磁波によって伝わるが、光はブラックホールから脱出できないから。一緒にテレビを見ている間、一言も会話は無かった。私は再び眠くなって部屋に戻った。
 時が経ち、私の年齢はあの頃の父に近づいた。最近は5時に勝手に目が覚めてそれから眠れない。仕方がないのでYouTubeでブラックホールの番組を見て、眠気を誘っている。今ならブラックホールトークでもっと会話が弾むかもしれないが、父は2年前に他界してしまったので、それはもう実現不可能。まあ、お互い無理に喋ることはないだろう。
 目に見えない重力のような力に引き寄せられる感覚。いずれ来たる特異点。そこに感情はなく、時間の経過があるのみか。

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