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Interview vol.23五百旗頭幸男さん(石川テレビ記者)「なぜ穴水町に分断はなくなったのか」を考えながら観てほしい

 第23回は、元町映画館で6月14日より最新作『能登デモクラシー』が公開される、監督(石川テレビ記者)の五百旗頭幸男さんです。



(C)石川テレビ放送

■一概に説明しづらいのが能登被災地の特徴


―――チューリップテレビ時代の『はりぼて』、石川テレビに移籍後の『裸のムラ』と過去2作品ともに元町映画館で上映しましたが、今回の『能登デモクラシー』は滝井さん夫妻との関わり方も含め、さらなる深みが感じられる作品になっていますね。関西では被災した能登のことは今やほとんど報じられていませんが、能登地方の今の状況を教えてください。
五百旗頭:復興の状況にはグラデーションがあります。本作で密着した穴水町と、その以北にある能登町、珠洲市、輪島市という3つの自治体とを比べると、圧倒的に穴水町の方が被害は少なかったし、復興が進んでいる印象を受けます。さきほどの3つの自治体の中でも場所によって被害状況が違ってきますし、今の局面では家が全壊した人、全壊は逃れたが再建するか別の場所に移るかで迷っている人、完全に能登を離れた人と被災者それぞれの置かれた状況によっても、見え方が違うでしょう。被災地を訪れていても、ようやく道の修復が進んできたと感じる場所と、壊れたままの場所とが常に混在している。一概に「復興が進んでいる」とか「まだまだ」と説明しづらいのが、今回の被災地の特徴かもしれません。さらに言えば、土地の権利関係で手がつけられない場所もありますから、一概に行政が悪いということでもないのです。

―――そんな状況の中、地元テレビ局として報道しつづけることの難しさはありますか?
五百旗頭:今、ドキュメンタリーに特化した部署に所属していますが、報道部の記者であれば震災発生後に独自行動は許されなかったでしょう。僕も取材の手伝いを要請されましたが、当時取材を続けていた題材がありましたし、震災直後の被写体の取材は絶対に外せなかったので、そのまま継続して取材をさせてもらったのは大きかったです。

僕はある程度長いスパンで同じ被写体を見続けることができましたが、報道部で震災の取材を続けたとしても、どこまで継続的に深く取材を続けることができるのか。マンパワーの問題や部署異動の問題などを考えると、少なくとも誰か一人の被写体にベタ付きしての取材は難しいでしょう。

―――前作『裸のムラ』の舞台でもあった穴水町で出会ったのが、ずっと取材をし続けてきた滝井元之さんですね。
五百旗頭:滝井さんを紹介してくれたのは、『裸のムラ』の主人公のひとりだった中川生馬さんですし、これまでの自分の仕事や世の中の様々な出来事を見つめてみると、そのときは気づかなくても、振り返ってみればやっぱり繋がっていたと改めて感じます。


(C)石川テレビ放送

■奥能登の玄関口だった穴水町の今は?


―――まず、穴水町の概要や震災前後の状況は?
五百旗頭:かつては奥能登の玄関口と言われ、交通の要所とされていたのですが、状況が変わり今は素通りされてしまう傾向にあります。町としての基幹産業が建設業、漁業、そして公務員という多くの過疎地に共通する状況なので、若者の定着率が非常に低いです。どんどん過疎化が進み、2024年の能登半島地震でさらにそれが進行してしまった。穴水町がコンパクトシティ構想を掲げているのは、半ば必然的とも言えます。

一方、コンパクトシティありきで切り捨てられそうになっていた周辺部の限界集落もあるのですが、震災で逆にそこに住む人たちの逞しさが浮かび上がりました。おそらくですが、コンパクトシティ推進の中心となっている吉村光輝町長も考え方の変化があった。つまりコンパクトシティを掲げながら、町中の人も周辺部の人も今まで暮らしてきた場所にずっと暮らし続けることができる。そしてこれまであったコミュニティーをきちんと維持できるというこの2点に関して、吉村町長は公の場で公言し、復興計画に落とし込んでいます。そういう意味で穴水町は復興に向けて、町長が町民の信頼感を得ながら、今のところ前に進んでいるのが現在の状況ですね。


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■ムラ社会の中で役場や議会にきちんと物申している人がいたという驚き


―――本作は震災前から震災後へと吉村町長や町議会議員、そして町民の変化を捉えていますが、手書きの新聞を発行し続け、町民の信頼を得ていく滝井さんと出会ったころのことを教えてください。
五百旗頭:前作から穴水町のことは知っていたので、狭いムラ社会で色々なしがらみがあり、我々がカメラを持って取材をしようとしても嫌がる方が結構いらっしゃり、カメラの前でこちらの問いかけにきちんと答えてくださる方は、決して多くなかった。滝井さんが発行している新聞『紡ぐ』を読んだときの第一印象は、そんなムラ社会の中で役場や議会にきちんと物申している人がいた!という驚きでした。その後取材する中でさらに驚いたのは、滝井さんが手書き新聞を多い時には平均月2回発行するのに年間100万円の経費が必要なのですが、震災前で70〜80万円、震災後は100万円を超えるカンパが寄せられているのです。これだけ誰も声を上げない町なのに、滝井さんを支援する人がこれだけいるということは、つまりそれだけ声なき声があるということの証左と見てとれました。それも興味深かったです。

―――印刷部数は500部で、震災後は議員が避難所に配るシーンもありましたが、震災前は滝井さん自ら公共施設をはじめ、新聞を配っておられましたね。ものすごいエネルギーです。
五百旗頭:町内会によっては回覧で回したり、公民館では掲示板に貼られていたりと、実際の印刷部数以上に『紡ぐ』を読んでいる人は多いという印象はありますね。

―――メディアの代表格であるテレビとローカル&スモールメディアの手書き新聞という対比がとても興味深かったです。手書き文字の訴求力の強さにも驚きました。
五百旗頭:本作をご覧になった新聞記者の方で、滝井さんの活動を見て、記者としての原点を再確認したとおっしゃっる方が多いです。今はSNSやネットが主流になり、いかにバズらせるか、拡散させるかに重きが置かれたり、タイパ・コスパが重視されていると言われていますが、その中で滝井さんのやってきたことは、地味で退屈のように見えるかもしれません。でも『紡ぐ』の発行をずっとやり続けてきました。だからこその町民との強くて深くて温かい信頼関係が築かれたわけです。

今は市民とメディアや市民同士の分断が進む中、僕もメディアの一員として市民からいかに信頼を得ていくかという点で、一番大事で見失ってはいけない部分を認識させられました。


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■政治的レガシーのためではなく、利益誘導が主目的に


―――本作でも穴水町議会を取材している様子が継続的に映し出されますが、最初は見学者もほとんどなく、議論もなく粛々と決まっていく様子に、虚しさを覚えました。
五百旗頭:震災前の町議会はそう思われたかもしれませんが、震災後は見学する町民も増えてきました。今まで富山市議会や富山県知事の取材をしてきた中で利益誘導はたくさん見てきたのですが、今回は初のパターンに出くわしたんです。例えば富山市の場合、市長と議会の最大会派である自民党が裏で手を結び、市長は自民党議員たちの選挙区に重点的に予算を配分する代わりに、議員たちが市長を支持するウィンウィンの関係が成り立っていた。つまり市長は自分の政治的レガシーを残すことを目的として、そのための手段に利益誘導を使っていました。

穴水町の場合、利益誘導が手段ではなく主目的に見えてしまうのです。政治家は自分が掲げた公約の中の何を実行するかを追求していくものだと思っていたのですが、それよりもいかに身内に利益をもたらすかの方が先に来ているという印象がありました。

―――このまま身内に利益をもたらす方向で進んでいくのかと思っていたら、震災が起き、吉村町長の発言も変化していきます。町民のアイデアを盛り込むべく復興未来づくり会議も行われましたが、どのような経緯で実現に至ったのですか?
五百旗頭:最初に復興計画策定委員会が立ち上がり、そこで復興計画を作ることになったのですが、もともとあった会議体のメンバーである有識者や地元経済界の重鎮などが中心だったため、きちんと町民の声をすくい上げなければダメだと。そこで、震災前からあった未来づくり会議という会議体を発展させ、復興未来づくり会議が立ち上がり、参加者を公募しました。当初は5人ぐらいの想定だったそうですが、蓋を開けてみたらたくさんの応募があり、町内からの応募者については全員来てもらう形になったそうです。


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■町民に起きた意識の変化と議員が滝井さんに学ぶべきこと


―――幅広い年齢層の町民が、和気藹々とワークショップ形式で意見を出し合い、町長も声をかけていましたね。震災後は町民のみなさんの意識も「なんとかしなくては」と自ら声を出す方向に変わっていったのでは?
五百旗頭:もともと過疎の町ですし、このまま町が存続できるのかという危機意識は町民の中にありました。でもそれについて発言をしたり、不安を表に出すようなことはしなかった。でも震災によって、そんなことしている場合ではないという認識に間違いなく変わったと思います。復興未来づくり会議でもそうですし、住民説明会が開かれたとき、町長に対してきちんと困っていることを訴える町民が圧倒的に増えました。そういうことは今まであまりなかったので、町民のみなさんの意識の変化は僕もダイレクトに感じています。町民のみなさんや町長に変化を感じる一方、むしろ町議会議員の方が変化を感じにくかったですね。

―――余談になりますが、東日本大震災を機に鳥取に移住し、本屋(汽水空港)を営みながら町のお困りごとを聞く会を重ねてきた店主のモリテツヤさんが湯梨浜町議会議員選挙に立候補し、ちょうど選挙活動をしておられるのですが(現在、湯梨浜町議会議員として活動中)、町民の困りごとを良くするのは政治だし、議員だからそれを担えるわけですよね。滝井さんの新聞が多くの町民の声を代弁する活動である一方、議員にはそれを政治に反映させる力があるはずなのですが。
五百旗頭:おっしゃる通りです。議員はやはり地域の人に頼りにされているし、議員に言えば役所にも話を通し、動いてくれると思っている人が多いというのは、穴水町に限った話ではありません。一方で議員が地域のためにやっていることがすごく打算的に見えたり、票につながらないことはやらないという行動原理で動く議員もいるわけです。そして投票する側は、議員のそういうところを見透かしています。

滝井さんの場合、彼が自分の活動に対して何の見返りを求めていないことは映像を見てもらえればわかりますし、町の人たちもとにかく信頼を寄せておられる。滝井さんが仮設住宅を訪れるシーンでも、町の人たちの表情や声色に信頼の深さが滲み出ていました。滝井さんがどういう気構えや信念で『紡ぐ』を発行し、届ける活動をされているのかを掘り下げれば、町民に見透かされた状況である議員のみなさんにとって、信頼関係を作る大きなヒントになると思うのです。


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■素直に「作品をきっかけにより良い方向に向かってもらいたい」と思えた

―――映画の終わり方も含めて、過去作で感じた政治に対する強い怒りというより、もう一度人間を信じてみようという希望や祈りのような気持ちが込められていると感じました。
五百旗頭:僕の中にも正直、変化がありました。前回までは結果的に自分の作品に出演した人や題材となった地域が何か変われば嬉しいとは思うけれど、目的化はしていなかった。今回もテレビ番組版を作るまでは同じ気持ちでやっていたのですが、番組を放送して大きな反響が寄せられ、実際に穴水町が変わって行く様子を見たのです。それを映像化して映画としてまとめるにあたり、今まで取材をしてきた穴水町が本当の意味で良い町になってほしいし、住民にとって本当に開かれた町になってほしい。町長にも変わっていってもらいたい。この作品をきっかけにより良い方向に向かってもらいたいという想いを素直に持つことができた。それは、今回が初めてでした。直接的な表現として映像に落とし込むつもりは一切ありませんでしたが、僕の想いや考え方はおそらく映像に染み込んでしまった部分もあるでしょうし、それを感じ取っていただいたのだと思います。

―――ちなみにテレビ版放送後、どのような反響があったですか?
五百旗頭:映画版では2024年6月の議会でテレビ放送のあったことに言及されますが、テレビ版はワンシーンを除いて、その前までを収めています。滝井さんには、放送後に滝井さん個人に対する攻撃や誹謗中傷があるかもしれないということと、もしそういう事象があればすぐに僕に知らせてほしいという2点を伝えました。攻撃して来る人がいれば、逆に僕が取材をし、それが誹謗中傷の抑止力になると思っていたのです。でもいざ蓋を開けてみると、滝井さんに対しても、石川テレビに対しても、そういう問題は全くなかったんです。滝井さんのことを好意的に見る人や、活動を支援したいという人も多かったし、テレビ版で取り上げた多世代交流センターのことも、町中の人は知っていても、穴水町の他の地域の人は全然知らず「知らせてくれてありがとう」とのお声もいただきました。滝井さんも妻の順子さんも、とても喜んでくれましたし、驚いたことに見ず知らずの方が、放送後にカンパを持って自宅を訪れるということもあったそうです。また石川県内でおよそ30店舗を持つ会社の会長夫妻も「感動した」とカンパをもって訪れたそうで、今その全店舗に本作のポスターとチラシを置いていただいています。

―――それは凄い反響ですね。テレビの力を感じました。
五百旗頭:テレビのいい意味での影響力が今回は見えましたね。僕らにも直接そういうお声をいただきますし。


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■滝井さんの積み重ねが生んだ行政の変化


―――ちなみに本作のキーパーソンのひとりでもある吉村町長の反応は?

五百旗頭:最後のインタビューをしたときにも尋ねたのですが、「見ていない」の一点張りでした。絶対に見ていると思うのですが(笑)。DVDでもいただければとおっしゃったので、カメラが回っている前で「それなら、この後映画にするので、舞台挨拶で一緒に登壇してください」とお願いしたのです。即座に断られましたが、僕としてはその時に、この後映画版にして全国公開しますよという仁義を切ったわけです。

滝井さんの『紡ぐ』も町役場に自ら届けておられ、滝井さんが各課を回っていると、「主人公が来ましたよ!」と声がかかることにもあるそうですね。滝井さんが『紡ぐ』を町役場の総務課に持っていったとき、課長に「今回、ちょっと町に対して厳しいことを書いたわ」と伝えたところ、初めて課長から「そういう厳しいことを言う人は必要だから」と言われたそうです。滝井さんも驚いたそうで、いい意味でみんなが変化してきていますね。

―――五百旗頭さんの手がけたドキュメンタリーがきっかけで、こんなにいい循環が起きていることを体感できるというのは、希望になりますよね。
五百旗頭:そこまではこちらも予期していませんでしたが、こういうことが起きた背景には、震災や番組の放送だけではなく、そのベースには滝井さんのこれまでやってこられた活動があります。『紡ぐ』は2020年からですが、その前に2007年の能登半島地震後から発行し、仮設住宅の人たちやそこで活動しているボランティアの人たち、災害公営住宅に住まれている方向けの新聞『あした塾便り』を発行していたので、それも含めれば16年間新聞を発行し、届ける活動をしておられるわけです。その積み重ねによる信頼関係があるから、今の変化があるのは間違いないです。


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■「ずっと見続ける」ことが強みとオリジナリティになる


―――「一度ぐらいで諦めるな、言い続けろ」という言葉がズシリと響きます。行政に声を届けるには、繰り返し声を上げ続けることが大事なのだと。五百旗頭さんがずっとされてきたことでもあるのでは?
五百旗頭:本当に記者に求められていることと同じですよ。一度取材を断られたからといって諦めていては何も始まらないし、むしろそこからがスタートでしょ?と思うし、結構本質的なことだと思うのです。

富山のチューリップテレビで警察担当をしていたときに、チューリップテレビは夜回りが弱いと言われていたので、夜討ち朝駆けをどの社よりも徹底的にやりました。それをすると、どの社がどの頻度で回っているかが全てわかり、意外と他社はあまりやっていないこともわかってくる。そこで気づいたのは、地道にやり続けることができる人は意外と少ないし、それがオリジナリティになるということです。2016年に政務活動費をめぐる不正が明らかになり、富山市議会議員が14人辞職する事態となりましたが、そこから2020年まで取材を続け、ドキュメンタリー(『はりぼて』)にまとめる社なんてどこもなかった。『裸のムラ』もあのような視点で石川県政を見ている人は誰もいなかった。今回の穴水町でも、震災から1年半足らずのスパンで見ても、そこをずっと見続けている記者は僕しかいません。それが結局は僕の強みになっているし、そこを活かしていけば、自分ならではの作品や取材につなげられるのではないか。それは滝井さんがやっていることにも繋がりますし、これまでの取材や番組制作の経験から、今、本当に思うことです。

―――あちらこちらを取材するのではなく、ずっと見続けるということですね。
五百旗頭:忍耐が伴うことではありますが、それをやり続けていると道が開けるというのは、経験上そうだと感じますね。


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■順子さんが体現する自然の尊さ


―――順子さんが幸せそうに育てている野菜や果物に話しかけながら収穫をしていましたよね。世界が激変する中、たおやかな自然に囲まれ、美しい四季の中で暮らしておられる姿が素敵です。
五百旗頭:順子さんのシーンで表現したかったことは、今のお話に繋がります。民主主義をはじめ、当たり前にあった倫理観が失われていっている殺伐とした今の時代に、順子さんはさりげなく、お花などにも「ありがとう」とおっしゃる。自然はこれまでもずっとあり今も何気なくあり続けていることだけれど、この時代だからこそ、その尊さを感じるし、映画に取り入れたかったのです。

―――嬉しいとか怖かったと素直に感情を表現されるところも、五百旗頭さんとの信頼関係が伺えました。夫が町のヒーローのような存在で、とにかく多忙なので、支える方としての大変さも想像していたのですが。
五百旗頭:滝井さんは本当に町にとってリスペクトされるべきことをされているのですが、取材をしていると僕の中で滝井さんに対する疑問もあるわけです。何か大きな災害や出来事があったとき、いつもご自宅の順子さんはひとりぼっちで家におられた。その寂しさや恐怖、不安感というのを取材で訪れた僕たちに直接吐露されていたわけで、町のことも大事だけれど、一番守らなければいけない家族の順子さんに対してはどうなのかという目線を、編集で映像に入れ込んだのです。

―――『能登デモクラシー』というタイトルは最初から決まっていたのですか?
五百旗頭:実は「デモクラシー」という言葉を使うのに、ずっと抵抗がありました。民主主義やデモクラシーと聞くだけで、当然あるべき大事な言葉であると同時に、それにアレルギー反応を起こしてしまう人もいると思うのです。タイトルに入れると、本来見ていただきたいお客さんがこの作品を避けてしまう可能性が生まれてしまう。でも、震災があったので「能登」は入れたかったし、本作は「ノット デモクラシー(not democracy)」で民主主義を否定されているところから取材が始まっているんですよ。最終的には今の常識や民主主義が失われていく時代だからこそ、メディアの一員でもあるし、直接的な「デモクラシー」という言葉が必要なのではないか。デモクラシーで何が必要かといえば、町長や町議会議員、町の人々だけではなく、僕たちメディアの役割も当然必要であるということを含めて、最終的には『能登デモクラシー』に決めました。


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■震災対応の減退を目の当たりにした能登半島地震


―――五百旗頭さんは高校時代に阪神淡路大震災で被災していますが、今回メディアの一員という立場で被災され、何か思うところはありましたか?
五百旗頭:高校一年生のときに被災しましたが、その後東日本大震災や様々な震災が起き、日本の震災対応はどんどん洗練されてきたはずなのですが、今回の能登半島地震については、明らかに国と県の初動が甘かった。国の対応で言うなら、東日本大震災は発生から51分後に首相直轄の緊急災害対策本部の会議が開かれを立ち上げ、自衛隊を被災地に10万人派遣しました。一方、能登半島地震では4時間後に防災担当大臣をトップとする特定災害対策本部が開かれただけです。自衛隊の派遣は1000人と百分の一でした。これは初動におけるかなり大きな違いです。

石川県の馳知事は発生当初、東京におり被災地にいなかったし、その日のうちに戻ってはきましたが、被災地を視察したのは翌日にヘリコプターからでした。被災地入りしたのは14日目で、総理大臣についていく形で入ったのです。また馳知事は震災5日目に金沢市内の救援物資が集約している施設を視察していたのですが、現地取材しながら、今見るべきところはそこではないのでは?と思ったことをハッキリと覚えています。

さらに馳知事が早々に「ボランティアは被災地に来ないで」と発信しました。一理はあるけれど、ボランティアは荷物を運んだり、片付けたりという機能的なことだけを求められているわけではありません。滝井さんは震災2日目からやっていたような、ただ被災者のところに行って、話を聞くとか、声をかけるということも、ボランティができる大きなことです。震災直後、一番ボランティアで何かをしたいという機運が高まるときに、その機運が完全に萎むような発信をしてしまった。その延長線上で能登切り捨て論が起こり、財務省が集約的な復興を唱えはじめた。そういう流れが能登被災地のみなさんに大きな不安感を与えているのは、まさにあるまじきことです。これまで色々な大きな災害があり、そこから色々な蓄積があり、さらに対応がブラッシュアップされるべき災害だったのに、むしろ減退してしまったというのは阪神淡路大震災を経験した人間としてもショックでした。

―――ありがとうございました。最後に神戸でご覧になる皆さんにメッセージをお願いします。
五百旗頭:この作品はこの国の“今”が本当に凝縮されているので、この時代を生きているみなさんに観ていただきたいです。さらにいえば、分断が進む兵庫県民のみなさんにはぜひ観ていただきたい。この穴水町に分断はありません。なぜそうなったのかをきちんと考えながら観ていただければと思います。

(2025年4月25日収録)

<五百旗頭幸男さんプロフィール>


1978年兵庫県生まれ。同志社大学文学部社会学科卒業。
2003年チューリップテレビ入社。スポーツ、県警、県政などの担当記者を経て、16年からニュースキャスター。20年3月退社。同年4月石川テレビ入社。
ディレクター作品に「異見~米国から見た富山大空襲~」(16/チューリップテレビ/ギャラクシー賞奨励賞・日本民間放送連盟賞優秀)、冬季は閉鎖されている立山黒部アルペンルートの通年営業化計画を検証した「沈黙の山」(18/チューリップテレビ/ギャラクシー賞選奨・日本民間放送連盟賞優秀)など。
富山市議会の政務活動費不正問題を追った「はりぼて~腐敗議会と記者たちの攻防~」(16/チューリップテレビ)で文化庁芸術祭賞優秀賞、放送文化基金賞優秀賞、日本民間放送連盟賞優秀などを受賞。
20年、同じく富山市議会の不正を追い続けた『はりぼて』を砂沢智史とともに監督し劇場公開。全国映連賞、日本映画復興賞などを受賞した。
21年、石川テレビ移籍後に発表した「裸のムラ」で地方の時代映像祭選奨を受賞。
22年、「日本国男村」で日本民間放送連盟賞最優秀を受賞。同年、両作品を基にした監督作、『裸のムラ』を劇場公開。
24年、「能登デモクラシー」でギャラクシー賞入賞。本作『能登デモクラシー』が劇場公開3作目。
富山市議会政務活動費不正受給問題の取材で菊池寛賞、日本記者クラブ賞特別賞、JCJ賞、ギャラクシー賞大賞を受賞。
著書に「自壊するメディア」(講談社、共著)、「富山市議はなぜ14人も辞めたのか~政務活動費の闇を追う~」(岩波書店、共著)。

Text江口由美

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