見出し画像

「こういう母にはなりたくない」と思っていた私が、自分を許せた日のこと

元・他人フィルターさんです。
このnoteは「内観の道しるべ」シリーズとして、元・他人フィルターさんが自身の体験をもとに“感情の取り扱い方”を綴っています。
私自身の内観と気づきを深掘りしました。

その言葉、本当に相手のため?それとも、自分の安心のため?

どうしても家族に対して、そして親しい友人に対して、
「良かれと思って」自分の意見を言ってしまう。

相手が望んでいないこともわかってる。
「おせっかいかもな…」って自分で気づいてるのに、
あと一押しを止められない自分がいる。

結局、善意か押し付けかなんて、相手の受け取り方次第で、
それがちょっと“嫌そうな反応”であったとしても、
どこかで自分を止めることができず、あとで自己嫌悪に陥る——

こんな自分をどうにかしたくて、内観してきたけれど、
どうしてもこの部分だけは、何度見てもほぐれてくれなかった。

だけど、ある日のセッションで投げかけられた
たった一言の問いかけで、私はハッとする。

「“こういう母親になりたくない”って思ってない?」

うわ、それだ——

私の中の奥深くにずっとあった感情が
この言葉で一気にあぶり出された気がした。

思い返せば、母も、母方の祖母も、同じように“おせっかい”だった。
「私のため」と言いながら、言葉や価値観を押し付けてくるその姿が
子供の頃からずっと苦しかった。

だから私は、「ああいう母親にはなりたくない」と思ってたんだ。

だけど同時に、「母を否定する自分」が嫌でもあった。
母は、私の命の源だし、産んでくれたことには心から感謝してる。

じゃあ、いまの私は——
誰を、何を、否定しているんだろう?



ここから先は、有料エリアとなります。
私自身、長年モヤモヤし続けていた “おせっかいな自分” をどう受け止め、
そこから何を学び、自分をどう許せるようになったのか——
感情を感じきるヒントと一緒に、じっくりお届けします。

ここから先は

3,060字

¥ 400

Amazon Payで支払うと最大2%還元のチャンス! 9/30まで

この記事が気に入ったらチップで応援してみませんか?