「八紘一宇(世界は一家、人類は皆兄弟)」教育勅語「之ヲ中外ニ施シテ悖ラス」の明治の英訳「true in all place 」:未完のファシズム大日本帝国の世界征服をにおわすスローガン
「世界は一家、人類は皆兄弟」(旧日本船舶振興会)と教育勅語が該当でした。
国家神道について
以下文章はChatGPTです。
ファシズム国家について
ファシズム国家は、近代デモクラシー国家が専制国家となったものです。その本質は、世界帝国建設をめざす戦時国家でした。
https://note.com/mototchen/n/n1aad59d8441d
はじめに
GHQ(連合国軍最高司令官総司令部)は、日本を精神的に“解体”するための政策を展開し、特に「国家神道」の教義とされる軍国主義的・超国家主義的要素の排除を目標としました。GHQの神道指令において「国家神道」として批判されたのは、天皇・国民・国土が他国に優る存在とみなされ、その支配を他国へ拡張しようとする思想であり、“世界征服”と同義に扱われました 。
教育勅語
「之ヲ中外ニ施シテ悖ラス」とその明治の英訳「true in all place 」がGHQにより世界征服の表現とされました。
GHQのダイク局長らは、「之を中外に施して悖らず」の「中外」を『日本の影響を世界に及ぼす』という意味に読み替え、「世界征服」の思想と断定しました 。
一方で島薗教授らによれば、本来「中外」は「宮廷の内外」「中央と地方」を意味し、起草者である井上毅・元田永孚による構想では国外を指すものではなかったとされます。
起草者の意図
井上毅は「中外」は「全国民(宮廷の内外)」を指すと解釈しており、「世界征服」の意図はなかったとされます。GHQ側がその背景を誤解したため、「教育勅語」が「国家神道の聖典」と見なされ、排除決議までを導いた構図です
問題は第一段落と第三段落にある。「肇国の大義」を「中外に施して悖らず」としたところが問題とされたのである。終戦直後の議論では教育勅語の「斯の道」の定義があいまいなまま、徳目と捉えた者は排除を語らず、軍国主義・過激なる国家主義と捉えた者はこれを否定したのである。
竹前栄治『日本占領』にあるGHQ民政局次長であったケーディスの談話によれば、GHQ民政局が田中耕太郎文相に示唆して国会で廃止決議をさせたことがあるという。
田中文相もこの民政局の示唆について、「それはグッド・アイディア」と言って反対しなかったとある。田中耕太郎が文相だったのは昭和21年5月22日から昭和22年1月31日までである。
12 「之を中外に施して悖らず」の誤解
明治11年、天皇は北陸東海両道を巡幸されました。各地の実態をご覧になられた天皇は岩倉右大臣に民政教育について叡慮あらせられました。これを聞いた侍補たちは大いに喜び、「勤倹の詔」を「速に中外に公布」せられんことを岩倉右大臣に懇請しました(『元田永孚文書』)。 民政教育ですから、この「中外」は「宮廷の内外」「中央と地方」です。外国は関係ありません。教育勅語「之を中外に施して悖らず」の「中外」もこれと同じです。外国は関係がなく、この場合は「宮廷の内外」が妥当です。 『伊藤博文関係文書』には井上毅との書簡のやりとりが掲載されています。その中で井上毅が用いた「中外」はほぼ「宮廷の内外」「朝廷と民間」「中央と地方」です。 また、教育勅語に関する井上毅の資料には、「中外」を「国の内外」と解釈できるものは見当たりません。 「我が国はもとより外国でとり用ひても正しい道である」(文部省訳『続・現代史資料9』) したがってこの訳は間違いだと分かります。「之を中外に施して悖らず」は、「之(斯の道)を全国(民)に及ぼして間違いがない(なかった)」と解釈して文脈に無理がありません。 結局のところ、「之を古今に通じて謬らず、之を中外に施して悖らず」は以下のような訳になると思います。 「(歴代天皇が)之(斯の道)を昔から今に伝えて誤りがなく、之(斯の道)を全国(民)に及ぼして間違いがない(なかった)」 「この道は古今を貫いて永久に間違がなく、又我が国はもとより外国でとり用ひても正しい道である」とした文部省訳は、前段後段ともに、とんでもない誤訳だと判明します。
13 鵜呑みにされた国家神道の「聖典」
およそ歴代天皇によって昔から今まで伝えられてきたとされる皇祖皇宗の遺訓、それが「我が国はもとより外国でとり用ひても正しい道である」とは飛躍が過ぎます。井上毅のいわゆる起草七原則にも違背します。 漢文読解風に云えば、古今と中外は時間と空間の表現ですが、文部省訳ではX軸とW軸に整合性がありません。教育勅語の古今と中外はあくまで国内の話です。 ところで明治23年に渙発された教育勅語が曲解されたのは、昭和戦前だけではありません。明治24年井上哲次郎『勅語衍義』など、すでに曲解の産物でした。 そしてこの日本人の曲解をGHQが鵜呑みにし、神道指令を発したことは明白です。GHQは「皇道を四海に宣布」などのスローガンの基礎は、教育勅語の「之を中外に施して悖らず」にあると考えました。これはCIEのダイク局長らのコメントに明らかです。
14 納得できない阪本教授の「国家神道」論
「国家神道」の聖典とされた教育勅語の解釈は、曲解に満ちたものでした。むろん聖典は教育勅語だけではありません。GHQは記紀も聖典の一部だと把握していました。 しかし「世界征服」の思想は教育勅語にあると考えました。これまで引用したとおりです。いま、私たちが検証すべきは「国家神道」の正体です。GHQが鵜呑みにした日本人による教育勅語の解釈が、曲解だったと判明すれば、「国家神道」は瞬時に雲散霧消するはずです。 GHQのいう「国家神道」とは、教育勅語の「中外」を誤解して語られた「世界征服」の超国家主義であって、神道そのものとは関係がない。これが「国家神道」の正体だと思います。 我が国の「国家神道」論は、「国家神道」を独自に定義して神道指令を無視しています。なぜ歴史的用語としての「国家神道」を、神道指令を無視して定義しようとするのか、納得できません。そしてあくまで「世界征服」の思想がなければ「国家神道」が成立しないことは、これまで引用したGHQ文書に明らかです。 加えてGHQが「国家神道」の聖典とした教育勅語解釈の検証も不十分だと云わざるを得ないと思います。
教育勅語
朕󠄁惟フニ我カ皇祖皇宗國ヲ肇󠄁ムルコト宏遠󠄁ニ德ヲ樹ツルコト深厚ナリ
我カ臣民克ク忠ニ克ク孝ニ億兆心ヲ一ニシテ世世厥ノ美ヲ濟セルハ此レ我カ國體ノ精華ニシテ敎育ノ淵源亦實ニ此ニ存ス
爾臣民父母ニ孝ニ兄弟ニ友ニ夫婦󠄁相和シ朋友相信シ恭儉己レヲ持シ博󠄁愛衆ニ及󠄁ホシ學ヲ修メ業ヲ習󠄁ヒ以テ智能ヲ啓󠄁發シ德器ヲ成就シ進󠄁テ公󠄁益ヲ廣メ世務ヲ開キ常ニ國憲ヲ重シ國法ニ遵󠄁ヒ一旦緩󠄁急󠄁アレハ義勇󠄁公󠄁ニ奉シ以テ天壤無窮󠄁ノ皇運󠄁ヲ扶翼󠄂スヘシ
是ノ如キハ獨リ朕󠄁カ忠良ノ臣民タルノミナラス又以テ爾祖先ノ遺󠄁風ヲ顯彰スルニ足ラン
斯ノ道󠄁ハ實ニ我カ皇祖皇宗ノ遺󠄁訓ニシテ子孫臣民ノ俱ニ遵󠄁守スヘキ所󠄁
之ヲ古今ニ通󠄁シテ謬ラス之ヲ中外ニ施シテ悖ラス朕󠄁爾臣民ト俱ニ拳󠄁々服󠄁膺シテ咸其德ヲ一ニセンコトヲ庶󠄂幾󠄁フ
明治二十三年十月三十日
御名御璽
世界は一家、人類は皆兄弟
「世界は一家,人類は皆兄弟」という言葉は、旧日本船舶振興会(現・日本財団)などの文脈で用いられた理想的表現とされていますが、戦前の日本のスローガンとして「八紘一宇」の世界観と結びつきがありました。
https://m-dojo.hatenadiary.com/entry/2019/04/18/020130
https://ja.wikipedia.org/wiki/%E7%AC%B9%E5%B7%9D%E8%89%AF%E4%B8%80
八紘一宇(世界は一家)
訳せば、世界は一家。
語源と歴史的用法:
「八紘一宇」は、大正期に田中智學(日蓮主義者)が用いた造語とされ、日本書紀の記述に基づく「八紘同轨」の概念を近代に再構築したものです
田中智學によれば、日本人による世界人類を天皇への忠孝化することでした。
https://ja.wikipedia.org/wiki/%E5%85%AB%E7%B4%98%E4%B8%80%E5%AE%87
https://ja.wikipedia.org/wiki/%E7%94%B0%E4%B8%AD%E6%99%BA%E5%AD%B8
世界人類を還元し整一する目安として忠孝を世界的に宣伝する、あらゆる片々道学を一蹴して、人類を忠孝化する使命が日本国民の天職である、その源頭は堂々たる人類一如の正観から発して光輝燦爛たる大文明である、これで行り遂げようといふ世界統一だ、故に之を「八紘一宇」と宣言されて、忠孝の拡充を予想されての結論が、世界は一つ家だといふ意義に帰する、所謂「忠孝の延長」である、忠孝を一人一家の道徳だと解して居るうちは、忠も孝も根本的意義を為さない、「根なし草」の水に浮べる風情である、忠孝を以て人生の根本義とするところに日本建国の性命はある。
https://gendai.media/articles/-/148253
国家スローガンとしての採用:
1936年の二・二六事件以降、軍部や皇道派が「世界統一」「日本の使命」として「八紘一宇」を掲げ、1940年に基本国策綱領に明記され、国家イデオロギーとして採用されました
メディアと国民動員への影響:
歌曲「愛国行進曲」や「大詔奉戴日の歌」などで「八紘一宇」が全国的に宣伝され、政府の公式見解とは異なる民間的解釈・動員が広まりました 。
「愛国行進曲」
起て 一系の 大君を 光と 永久に戴きて
臣民我等 皆共に 御稜威(みいつ)に副はむ 大使命
往け 八紘を 宇となし 四海の人を 導きて
正しき平和 うち建てむ 理想は花と 咲き薫る
https://gendai.media/articles/-/148293
「大詔奉戴日の歌」
八紘 一つの宇と睦び合ひ
東亜の民の十億が、共栄楽土謳歌する
世を築かうと我等みな 誓つた此の日忘れまい。
「このような民間の八紘一宇観がただちに政府の公式見解ではない。だから、日本が世界征服を狙っていた証拠にはならない。
とはいえ、八紘一宇はなんとなく時代の空気をあらわしたことばではある。よく聞くけれども、ぼんやりとしていて、中身を聞かれるとはっきり答えられない。にもかかわらず、錦の御旗として掲げられると抗いがたく、動員されてしまう──。
こういうことばこそ、むしろ危険なのではないか。現在のわれわれならば、感染症対策や自粛の名のもとに、いかに無駄なことが行われて、私権が不必要に制限されていたかよくわかっているはずだ。八紘一宇もそのたぐいのものだった。そして1940(昭和15)年には前述のごとく国是とされるにいたったのである。
https://gendai.media/articles/-/148298
付録 人類は皆兄弟
「人類は皆兄弟」という表現は、『論語』の「顔淵」の文脈での東洋倫理的理念でもあり、
四海之内,皆兄弟也
トルストイ/原久一郎訳『人生の道』にも登場、キリスト教的倫理的普遍性に基づく理念として用いられてきました。
キリストの教えの一番主要なところは,彼が万人を兄弟と認めた点である。彼はいかなる人の中にも自分の兄弟を認めた。姉妹を認めた。したがって,彼は万人を,よしんば相手がだれであろうとも,どのような人物であろうとも,平等無差別に愛しいつくしんだ。
岩波文庫77頁
https://www.kitaguchilaw.jp/blog/?p=8100
総括
• 教育勅語の「之ヲ中外ニ施シテ悖ラス」は、起草当時の意図では「全国民への徳目の喚起」であり、国外への「世界征服」を意味していなかったという見解があります。
• GHQがその一節を「世界征服」思想と英語の誤訳を誤解し、「国家神道」の聖典と見なしたことが、日本戦後の国家宗教論争の発端の一つとなりました。
• また、「八紘一宇」は当初の理念的・倫理的・宗教的背景よりも、戦前・戦中の侵略的国家政策と結びつき、国民統合と正当化のためのスローガンとして用いられた実態がありました。
関連 修身について
https://note.com/mototchen/n/ne605c25fb3d5
他人が兄弟になるためには儀式が必要だった義兄弟
https://ja.wikipedia.org/wiki/%E7%BE%A9%E5%85%84%E5%BC%9F
中国フィクションでの「侠」義兄弟
既結為兄弟 則同心協力 救困扶危 上報國家 下安黎庶 不求同年同月同日生 只願同年同月同日死 皇天后土 實鑒此心 背義忘恩 天人共戮
不求同日生、只願同日死。三人同行同坐同眠、誓爲兄弟
https://ja.wikipedia.org/wiki/%E6%A1%83%E5%9C%92%E3%81%AE%E8%AA%93%E3%81%84
