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いちばん遅い人の荷物を、誰も持たない。|全部を速くすると、全体は遅くなる

ハーバード・ビジネス・レビューを読んで考えた、大きな会社の物理法則 vol.04

今回は、速さの話です。

大きな組織では、あちこちで改善が行われています。どの部署も真面目に工程を見直し、無駄を削り、時間を短縮している。報告会では、それぞれが成果を出しています。

それなのに、全体は速くなっていない。

この現象には、ちゃんと説明があります。


登山の隊列の話

『ザ・ゴール』という本に、有名な場面があります。

ボーイスカウトの隊列が山を歩いています。列がどんどん伸びる。先頭は速いが、後ろがついてこない。待つ、また歩き出す、また伸びる。その繰り返しで、隊列全体はまったく進みません。

原因は、ハービーという少年でした。
体が大きく、重い荷物を背負っていて、歩くのが遅い。

引率者がやったことは、2つです。
まず、ハービーを先頭に置きました。次に、ハービーの荷物を、全員で分けて持ちました。

その瞬間、隊列全体が速くなりました。

先頭を速くしても、全体は速くなりません。
全体の速さは、いちばん遅いところで決まっているからです。

制約は、必ず1つ

工場でも、開発でも、事務作業でも、同じことが起きます。

どの工程にも改善の余地はあります。だから、どこを改善しても「良くなった」と言えます。数字も出ます。

しかし、全体の速さを決めているのは1箇所だけです。
そこ以外を速くしても、その手前に仕掛かりが積み上がるだけで、出口は変わりません。むしろ、途中の在庫が増える分、全体は見えにくくなります。

そして、制約は必ず1つです。
2つあるように見えるときは、まだ特定できていないだけだと考えたほうがいい。

ここまでは、よく知られた話です。
私が面白いと思ったのは、この先でした。

全員、本当は知っている

見積もりに関する、有名な実験があります。

学生に卒業論文の完成日を予想させたところ、平均で27日ほどと答えました。
実際にかかったのは、55日ほど。ちょうど2倍です。期限内に終わった人は、3割ほどしかいませんでした。

ここまでなら、「人は楽観的だ」という話です。
面白いのは、次です。

同じ実験を、匿名で行うと、この誤差がほとんど消えるのだそうです。

名前を出さずに答えていいなら、人は正確に見積もれる。
つまり、本当は分かっている。分かっているのに、名前を出して言うときには、短く言ってしまう。

これは、能力の問題ではありません。
言いにくい、という問題です。

同じことが、制約についても起きていると思います。

どこが詰まっているのか、現場の人はたいてい知っています。
聞けば、名前まで挙がる。あの工程です、あの承認です、あの人です、と。

ただ、それを会議の場で言うと、誰かを名指しすることになります。
だから、言いません。代わりに、自分の持ち場の改善を報告します。

みんなが自分の持ち場を改善し、誰も本当の詰まりに触れない。
その結果が、「あちこち改善しているのに全体が速くならない」という状態です。

「終わりましたか」と聞かない

うちでも、図面作成が予定より大きく遅れたことがありました。

担当していたメンバーは、決して手を抜いていたわけではありません。複数の問題が重なり、それでも何とか間に合わせようと、懸命に作業を続けていました。

正直に書くと、最初は、進捗を細かく確認すれば戻せると思っていました。

しかしこの状態で、「まだですか」「いつ終わりますか」と聞いても、図面は早くなりません。返ってくるのは新しい予定日であり、その予定日を守るために、担当者の荷物がさらに重くなるだけです。

遅れている人に、急ぐよう求める。進捗を細かく報告させる。遅れた理由を説明させる。

管理しているように見えますが、どれも仕事そのものを前に進めてはいません。

そこで、遅れを担当者だけの責任にせず、経営側の問題として引き取りました。追加の人員を配置し、更新した図面を毎日共有する進め方に変えました。さらに、協力先に任せたままにせず、私たち自身も現地へ行き、一緒に問題を解くことにしました。

ただし、急ぐことで設計品質を落としてはいけない。それも同時に伝えました。

必要だったのは、担当者にもう一度頑張ってもらうことではありませんでした。担当者が抱えている仕事を分け、判断を早め、外部との調整を引き取り、作業に集中できる状態をつくることでした。

いちばん遅れている人は、能力が低いから遅れているとは限りません。全体の中で、最も多くの障害を背負っているから遅れていることがあります。

その人に「早く歩いてください」と言う前に、何を背負っているのかを見る。そして、自分が持てる荷物を持つ。

管理者の仕事は、遅れている人を監視することではありません。その人を遅くしているものを取り除くことです。

催促の代わりに、使える聞き方

代わりに使える聞き方があります。

これを進めるうえで、いま何が障害になっていますか。
それを取り除くために、私に何ができますか。

本気で聞くのがコツです。形だけだと、すぐ分かります。
そして本気で聞くと、たいてい、こちらが手を出せる何かが出てきます。

ハービーの荷物を、全員で分ける。
やっていることは、それと同じです。

取り除く手順

順番はこうなります。

まず、「終わった」の定義を具体的に決めます。曖昧なままだと、どこが詰まっているかも判定できません。

次に、障害を書き出します。そして、その中から「これを取り除けば、他の大半も消えるもの」を探します。全部に手をつけないのが要点です。

そして、1つずつ取り除きます。

ここで注意が要るのは、「生産的に見える活動」も障害になりうることです。
追加の調査。念のための確認。完璧を目指した書き直し。どれも真面目な行為で、止めにくい。止めにくいからこそ、いちばん長く残ります。

本当の制約は、たいてい工数ではない

大きな組織を見ていて思うのは、詰まっている場所が、人手や時間ではないことが多い、ということです。

決める人がいない。
決める人はいるが、決める場に情報が来ていない。
情報は来ているが、決めても次に進む道筋がない。

この場合、人を増やしても速くなりません。
増えた人の作業が、同じ場所で止まるだけです。

この連載で書いてきた、終わらない話や、止められる人が多い話は、ここでつながります。
あれは、制約が意思決定の側にあるという話でした。

工程の改善は目に見えます。
意思決定の詰まりは、目に見えません。だから、見えるほうばかりが改善されていきます。

明日、これだけやってください

  1. いま関わっている仕事で、「ここが詰まっている」と思う場所を、紙に1つだけ書く。人でも工程でも構わない

  2. その紙は、誰にも見せない。名前を出さずに書くと、正直に書けます

  3. その相手に、「何が障害ですか。私に何ができますか」と聞いてみる

1つだけ、というのが大事です。
2つ書いた時点で、まだ特定できていません。

次回は、学びの話です。
研修を受けたのに、なぜ使えないのか。教える量ではなく順番の話を書きます。
――――――
この記事で触れた資料

・エリヤフ・ゴールドラット『ザ・ゴール』(ダイヤモンド社)
・卒業論文の完成予測の話は、「計画錯誤(planning fallacy)」として知られる実験です