人と比べても意味ないって分かってる。でも、落ち込む。|30代になって増えた「比較のモヤモヤ」を考えてみた
人と比べても意味がない。
そんなことは、分かっている。
人には人の人生があるし、自分には自分の人生がある。
SNSには、いいところしか載らないことも知っている。
だから、誰かと比べて落ち込んだところで何にもならない。
分かっている。
分かっているのに、落ち込む。
友達が結婚したと聞いたとき。
同僚が昇進したとき。
同世代の人が転職して、楽しそうに働いているのを見たとき。
SNSで、趣味を楽しんでいる人を見る。
副業で成果が出たという投稿を見る。
きれいに整った部屋や、充実した休日が流れてくる。
「すごいな」
「いいな」
そう思う気持ちのあとに、小さく出てくる。
「それに比べて、私は?」
これが嫌だ。
誰かの幸せを素直に喜べない人みたいで嫌だし、勝手に比べて勝手に落ち込んでいる自分も面倒くさい。
しかも、もっとややこしいことがある。
欲しかったわけでもないのに、羨ましい
たとえば、友達が結婚した。
その直前まで、自分は別に結婚を急いでいなかった。
一人の生活も気に入っていた。
なのに報告を聞いた瞬間、
「いいな」
と思う。
じゃあ結婚したいのかと聞かれると、よく分からない。
同僚が昇進した。
自分は管理職になりたいと思ったことなんてない。
責任が増えるのも嫌だし、今の働き方のほうが自分には合っていると思っていた。
それなのに、
「私は何やってるんだろう」
と落ち込む。
SNSで、楽しそうに趣味に打ち込んでいる人を見る。
昨日まで自分の休日に何の不満もなかったのに、
「私って何か夢中になれるものあったっけ」
と思う。
副業で成果を出している人を見れば、
別に副業を始めようとも思っていなかったのに、自分だけ何もしていないような気がしてくる。
不思議だ。
欲しかったはずのないものまで、誰かが持っていると羨ましくなる。
だから余計に、自分の気持ちが分からなくなる。
本当は私もそれが欲しいのか。
ただ嫉妬しているだけなのか。
今の生活に満足していると思っていたのは、勘違いだったのか。
でも、比較する前までは普通だった。
自分の生活は、昨日から何も変わっていない。
変わったのは、
「誰かの人生を見た」ことだけ。
それなのに、なぜ急に自分の人生まで足りなく見えるんだろう。
もしかすると私たちは、相手が持っている**「もの」そのもの**を羨ましがっているとは限らないのかもしれない。
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