「料理が必ずしも美味しい必要はない」異端のミシュラン2つ星店の舞台裏:映画『ムガリッツ』
「料理が必ずしも美味しい必要はない」とオーナーが発言する、ミシュラン二つ星のレストランがあると聞いたら、どう思いますか?
少し意地悪な切り抜き方をしましたが、実際に本レストランの料理へのアプローチは異端であり、アバンギャルドかもしれません。
そんなレストランがどのように料理に向き合い、メニューを開発しているのかを垣間見ることができるのが、今回鑑賞した映画「ムガリッツ」です。
映画の概要
本作は、スペイン・サン・セバスティアン郊外にあるミシュラン二つ星レストラン「ムガリッツ(Mugaritz)」の舞台裏を追ったドキュメンタリー。
本映画は、サン・セバスティアン国際映画祭の「クルィナリー・シネマ賞」で最優秀作品賞を受賞しており、「料理を超えて思考を刺激するドキュメンタリー」と評されている。
内容として、ムガリッツが毎年11月から4月の約半年間、店を休業してまで新メニューの開発に没頭する彼らの一年の創造のプロセスを、登場人物の様々な感情と表情をつぶさに映しながら、淡々と描き出している作品である。
映画で取り上げられていたのは(2024年)のテーマで「Lo que no se ve(見えないもの)」——目に見える世界の背後にある感覚、記憶、文化的無意識といった“不可視の層”を料理を通じて表現する試みだ。
ちなみに今年2025年のテーマは「透明性」らしい。
異端の二つ星レストラン「ムガリッツ」とは
1998年にシェフのアンドニ・ルイス・アドゥリスが創業。
ムガリッツは、分子ガストロノミーや北欧発の“ニュー・ノルディック”とは異なる、独自の哲学的料理で知られている。彼らが休業期間を設け、毎年新たなテーマを設定してメニューをゼロから創り直すというアプローチは、世界でも極めて稀だ。
その影響は世界中のガストロノミーに及び、ノーマ(Noma)のレネ・レゼピや、南米のセントラル(Central)のシェフたちにも思想的な影響を与えてきた。
ムガリッツが提示したのは「料理=体験(experience)」という概念だ。食べるという行為を、栄養摂取から文化的対話、そして哲学的探求へと拡張してみせた点にある。
映画で描かれる創造の現場(最前線)
映画では、約30人のクリエイティブチームが厨房とラボを行き来しながら、テーマに沿った料理の試作を重ねる様子が描かれていた。

たとえば、茶葉を固めて作ったスープを通じて精神性をより感じさせるアプローチや、納豆のような発酵食品を手で舐めるように食べる皿、そのほかにも、骨のように擬似的な骨髄を固めた一品を石でかち割って味わう皿(料理名が「…さもなくば飢え死にせよ」)など、常識にとらわれないメニューが 登場していた。

それらは味覚だけでなく、触覚・嗅覚・記憶だけでなく、怒り、羞恥心、哀愁すらも刺激する。「美味しいかどうか」ではなく、「何を感じたか」を問う。

試食した人物の中にも、不快感や疑問を抱いていたものもいたが、それらもある意味感情を引き出す体験ともいえる。
映画の中でも、オーナーのアドゥリスと現場の
スタッフとの間で以下のようなやり取りがあった。
「創造性は何のためにある? 問題を解決するためだ。我々の問題は何か? 20皿以上の料理を作らねばならないことだ。それも驚きと興奮を与え、時には人を怒らせるものでなければならない」。
この言葉は、単に好まれる料理を作るのではなく、食べ手の価値観を揺さぶることが目標であることを示している。
まさに料理をメディアとして、人間の知覚そのものに「新しい扉を開かせる」ことを目指しているのだ。
また、印象的だった姿勢として、開発の過程における「遊び」的なアプローチを推奨していた点である。何かアイディアがある場合に、それを制止するようなマインドセットでは、本当に新しい、驚きの溢れた体験は生まれてこないことを彼/彼女らは知っているのだろう。
破壊と創造の探求哲学
ムガリッツが最もユニークなのは、「答えのない問い」に対して真剣に取り組む姿勢だ。
過去のテーマを調べてみると、毎年抽象的なテーマ(たとえば「時間」「限界」「記憶」など)を掲げ、そこから新たな料理哲学を立ち上げていく。そして、それらは翌年以降は、全く同じ皿としては登場しない。
創造と破壊の連続だ。
この映画では、創造が必ずしも美しい過程ではないことも赤裸々に映し出す。
議論、迷い、失敗、困惑、混沌。それでもチームが前進していく様子を描きだしていた。
その一本道で、一筋縄でないプロセスこそが、「食とは何か」「人間とは何か」という哲学的な問いが、ムガリッツのチームを唯一無二にしているのだと感じた。
AI時代からこそムガリッツから学ぶ示唆
ムガリッツの姿勢は極端で、一般的なレストランとして参考になる点は少ないように思えるかもしれないが、実は学べる点も多いように感じた。
特にAIが既知の「正解」を高速に導き出す時代において、ムガリッツのような“正解のない探求”はますます価値を持つだろう。
ムガリッツの場合は料理という身体的で感情的な営みを通じて、人間を探求していたわけであるが、こうした探求活動は、人間にしかできないアプローチの最たる例である。
あえて一つに絞るとしたら、「遊び」や「実験期間」を設けるという考え方は、我々にも取り入れやすいのではないかと思う。正解がない問いや課題解決こそが人類が時間を使うべきフロンティアである。
ムガリッツが毎年ゼロから世界を再構築するように、私たちもまた、日々の仕事や生き方の中で“破壊と創造”を繰り返すことができるのではないだろうか。
創造性と向き合う全ての人におすすめ
純粋な映画作品としては抑揚の少ない構成かつ、スペイン語に日本語字幕で集中して文字を追いかけないとコミュニケーションの中身が分かりずらいので、万人におすすめする映画ではないかもしれない。実際、レストランのレビューなどを拝見しても賛否両論に分かれている。
しかし、誰しもが、何かしらの創造に日々携わっていて、毎日食事をしているという点で、鑑賞したからには、必ずやそれぞれの人に琴線に触れるものがあることも間違いないと思う。
この作品を観終えたとき、食を超えて「創造とは何か」「心を揺さぶる体験とは何か」という問いを胸に、明日から生きていく糧となるはずだ。
個人的には、いつか機会があればレストランに赴きたいと思う。
